第373話 シエラ怒? 背後に鬼が見えるのは気のせいか?
「ゼフィルス。釈明があるなら聞くわよ」
「シ、シエラ、これには深い訳があるんだ。よく、よーく聞いてほしい。それから判断を、正当な判断を何卒お願いします!」
俺は今自分の部屋で仁王立ちしているシエラに頭を下げていた。
シエラの静かなお言葉が恐ろしい。
あまりの恐ろしさに気がついたら姿勢を正して正座し、三つ指付く勢いで頭を下げていた。
別にこれは土下座では無い。ただ誠心誠意のお願いをしているだけなんだ。
俺にやましい気持ちなんて無い!
そんな俺の気持ちが通じたのだろう。シエラが慈悲のある言葉をくれた。
「分かったわ。普通にしていいから話しなさい」
「はい!」
よかった。問答は聞いてもらえるみたいだ。俺は頭を上げて普通の正座に戻る。なんか正座は崩しちゃダメな気がしたんだ。少し痺れてるんだけど、我慢しよう。
顔を上げると、視界の端に白く美しい美術品を思わせる姿が入り込む。
俺の隣に座っているのは、例の帰り道で連れ去ってと懇願(?)してきたシスターちゃんだ。
結局あの後、連れ帰ってきてしまった。
細心の注意を払ったので今回は通報はされていない……はずだ。
言い訳させて貰えると、決して俺にはやましい気持ちは無かった。ただ、あの場所に彼女を放置すると本当に危うそうだったため、仕方なくセキュリティの充実している貴族舎に連れてきたのだ。
俺の部屋に入れたのは不可抗力だ。こんな時間だし、女子の階に上がることもできない。仕方なかった。本当だぞ。
やましい気持ちが無いという証拠に、俺はチャットでしっかりとサブマスのシエラに連絡している。
そして背後に鬼が見えそうな迫力のシエラが部屋に訪ねてきて今に到るという訳だ。
俺は改めて隣のシスターちゃんを見る。
夜道だったため分からなかったのだが、明るい部屋で見るとその美しさに息を飲んだ。
凄まじく整った顔立ちだった。特に眼が印象的で透き通る様な薄水色に長く整った睫毛、力強さと同時に儚さまで感じるような、美しい瞳だった。
「ゼフィルス?」
「は、はい! 今説明します! と言ってもチャットに書いた事が全てで、要するに危なそうだから連れてきた感じです」
「…………私はゼフィルスを信用しているわ」
それにしては間が空いたような……。
「では、あなたに質問していいかしら?」
俺に向いていたシエラがシスターちゃんの方へ向く。
シスターちゃんはシエラがここに来た時から一言も喋らない。
さっきは饒舌、というほどではなかったがそれなりに喋っていたのに。
シエラに遠慮しているのか?
「構わないわ」
お、シスターちゃんが喋った。
やはり、俺とシエラの会話が終わるまで遠慮していただけらしい。
「まず自己紹介からかしら。私は〈戦闘課1年1組〉、ギルド〈エデン〉のサブマスター、シエラよ」
「答えるわ。〈支援課3年1組〉、タバサ」
シスターちゃんの名前判明! というか3年生だったのかよ!
なるほど、この美貌は最上級生の成せるものだったのか(困惑)。
まあ、装備の質で3年生かなとは思っていたが。
「タバサ先輩ね。所属するギルドはあるのかしら?」
「ある、けど、ない」
「どっちなの?」
「……抜けたい」
「……なるほど」
その言葉に込められた意味を、シエラは正確に把握したようだ。
抜けたい、けど抜けられない、なら脱走する。そんな感じだろう。
この先輩、家出少女かよ!
いや、ただの家出少女では無い。ただの、であればあんな事言うはずが無い。
タバサ先輩の美しい眼を見るが。そこには、何も感情が感じられなかった。
よほどのこと、があったのかもしれない。
「では単刀直入に聞くわ、なぜゼフィルスに
シエラがド直球に聞いた。
確かに、他のギルドの確執に巻き込まれたのかもしれないのだ。
そして声を掛けてきたのは1年生最強ギルド〈エデン〉。のギルドマスター。
何か狙いがあるだろうと思うのは当然だろう。しかし、そうはならなかった。だって、
「ゼフィルス?」
「あ~、俺の名前」
「そうなの」
「ちょっと、知らなかったの?」
「……そういえば、あなたは誰?」
「そこからかよ! 〈戦闘課1年1組〉ギルド〈エデン〉のギルドマスターをしているゼフィルスだよ」
タバサ先輩が今更になって目をパチクリさせながら俺に向かって聞いてきた。
なんか気が抜ける思いで自己紹介する。
どうやらこの先輩、俺をマジで認識していなかったらしい。
俺を見ているようで見ていないと思ったのは気のせいじゃなかった!
そこからの再確認で、タバサ先輩はどうやら俺を〈エデン〉のギルドマスターとも【勇者】とも知らずに『連れ去って』とお願いしてきたと判明。要は誰でもよかったようだ。
シエラは目頭を揉みながら理解に苦しんでいる。
しかし、これで俺の疑惑が完全に晴れたみたいだ。
ふう。なんとかなったぜ。
「とりあえず分かったわ。今日は私の部屋に泊めて上げるから、明日には戻りなさい」
「帰りたくない」
「わがまま言わないの」
おお! さすが頼りになるシエラだ、3年生の先輩にぴしゃりと言いきった。
「むう」
「あと、男の子の部屋に無防備に入るものではないわ。男の子はけだものなのよ、今回ゼフィルスだったから運が良かっただけ。でもゼフィルスは私たちの大切なギルドマスターなの、誘惑はしないで貰えるかしら。誘惑するなら女の子にしなさい」
「え? そういう問題?」
シエラが俺を大切と言ってくれるのは凄く嬉しかったのだが、その後に続いた言葉にツッコミを入れてしまう。
「間違えたわ。誘惑は女の子にもしないように」
「うん。私も男の子が好きだから」
シエラの気が動転している。もしかしたらそっち系の話に弱いのかもしれない。
そしてタバサ先輩は普通のノーマルとの事で一安心だ。
このままシエラの部屋に向かうことになっていたらよからぬ妄想が浮かんでしまいそうだった。
「ゼフィルス、そういうことだから先輩はこっちで預かるわ」
「あ、ああ。助かる」
とりあえずタバサ先輩はシエラに頼めることになった。シエラへの借りがまた増えた気がする。
まだ前の借りも返せてないのに、どんどん貯まって行く。どこかでちゃんと消化しなくては。
そう思っているとタバサ先輩が正座したままこちらに90度向き直り軽く頭を下げてきた。
「ゼフィルスさん。今日はありがとう」
「どういたしまして。だが、シエラの言うとおり誰彼構わずあんな発言はしない方が良いぞ?」
「そうね。でも、別に誰でも良いと言った覚えはないわ」
「ん?」
「そこまでよタバサ先輩。さきほど言ったことをもうお忘れかしら」
タバサ先輩の言葉の意味を考えようとしたところでシエラがぴしゃりとインターセプトする。
そのタイミングに、深く考えるなという俺へのメッセージを感じた。
考えないようにしておこう。
その後、軽く後片付けを終え玄関まで2人をお見送りする。
「また明日ねゼフィルス。後はこっちでなんとかしておくから心配しないで」
「悪いなシエラ。また明日。それと、おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
「ゼフィルスさん、おやすみ」
「タバサ先輩も、おやすみ」
玄関で手を振って、2人は帰って行った。
なんだかドッと疲れた気がするよ。
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