第323話 勇者の引き抜き? それは見逃せないなぁ。
どうしようかと思い悩んでいたその時、囲いの向こうから救いの声が聞こえた。
「何をしているのかな?」
それは澄んだ水を思わせるような美しい声だった。
「な、あ、あなたたちは、まさか」
ポリス君が声の方に振り向き、掠れるような声で言った。
かなり動揺した声だ。
俺の方からだとその人物が囲まれて見えない、誰だ?
「ははは、どうやら僕たちを知っているようだね? じゃあ君たちがどうなるかも当然知っているよね?」
声は女子のものだった。
しかしその声は、何というか男装の麗人を思わせる。
「いや、その、これは何かの間違いでして。ほ、ほらギルドマスター、あなたからも何か言ってください!」
ポリス君がサターンに振った。その声は、とても耐えられないとでもいうように感じた。
しかし、頼りにするにはサターンはあまりにも場違いで間違いだった。
「誰かは知らないが邪魔をしないでもらおうか。我らは今勇者の引き抜きで忙しいのだ」
「ギルドマスター!?」
ポリス君が悲鳴を上げた。と同時に囲まれた向こうから複数の圧が上がったように感じた。
なんだ? 集団なのか?
しかし、その正体はすぐに分かることとなる。
「あははは。勇者の引き抜きかぁ。それを見逃すことはできないんだよね。
絶対王女様が悲しむから。―――ということで、捕まえて」
「「「ヤー!!」」」
一瞬だった。
彼女が号令を出した瞬間、その後ろに控えていたであろう黒装束の人たちが一気に〈天下一大星〉に躍りかかる。
「おわー!?」
「な、何だー!?」
「ちょ、ちょっと待っギャーー!?」
「え、この人女の子だぞ、あの是非自分とお近づきに」
「フンッ!」
「アビャビャビャァァァ!?」
「痺れるぅぅぅぅ……」
俺を囲っていた男子が1人、また1人と制圧されていく。
なんて凄まじい連携と制圧速度!
黒装束の手に握られている黒い警棒が当たると、それだけで上級生たちが麻痺を起こして崩れ落ちていく。
あれは〈スタンロッドアウト〉か。
確か学園の衛兵しか持つ事ができない専用武器で、プレイヤーが手に入れることはできない暴徒鎮圧用の装備だったはずだ。あれを食らうと耐性LV10を持っていても麻痺になるという恐ろしい性能をもっている。
そんな物を持っているということは、もしかしてこの人たち……。
いや、というよりも〈スタンロッドアウト〉が凄く欲しいんだけど。
「大丈夫だったかい勇者君」
と制圧中であるにも関わらず場違いに澄んだ水の声が聞こえた。
見るとこちらに歩いてくる、イメージしたとおり男装の麗人といった格好の女子がいた。
ハニーブロンドの髪をサイドテールに纏め、学園の制服はぴっちりと着ている。がなぜか男子の物だった。しかし、それを自然に着こなしていて違和感の無い姿をしている。
制服にある刺繍は赤色、つまり3年生か。
どうやら彼女がこの黒装束集団のリーダーらしい。
とりあえず助けてもらったようなのでお礼を言おう。
「ありがとう。助かったよ」
「はは、どういたしまして」
改めて彼女と、周囲を見渡してみる。
ああ、〈天下一大星〉はほとんど制圧されてしまって、残っているのはサターンたちだけのようだ。
あいつらしぶといな。
「ぐ、貴様ら、このサターンにこんなことをして、許されんぞ!」
「うるさい」
「あばばばばばば!?」
〈スタンロッドアウト〉を無慈悲に押しつけられサターンがビリビリに震える。
ああ、ついにサターンまで制圧されてしまった。
「ふふ、ギルドマスターがサブマスターより先に退場ですか。情けないであびょびょびょびょびょ!?」
「くそう、なんなんだこいつらは! そんな武器を使うなんて、筋肉で勝負しろ! おぼぼぼぼぼぼ!?」
「ジーロン、トマ!? だから俺様の後ろに居ろと言ったのに、タンクより先にやられるアタッカーなんて嘆かわしいどどどどどどどど!?」
ついにジーロン、トマ、ヘルクもやられてしまったか。
「……制圧、完了しました。連行します」
「連行連行」
「王女様を悲しませるような奴は根性を叩き直すのです」
「人数が多いね。授業が始まるし、時間無いよ?」
「とりあえず、学生指導室に放り込みましょう。煮るのは放課後でもいいでしょう」
「煮るだけじゃ不十分。焼かないと」
「美味しく無さそうですけどね」
「ボス~、一足先に戻ってるから~」
「はは、ボスはやめてくれないか」
黒装束たちは何やら打ち合わせるとスムーズに彼らを連れ去っていった。
見事な手際に見学していた学生達には拍手を送っている者もいる。
拍手をしているのは女子ばっかりで、逆に男子は震えているのが気になったが……。
「さて、終わったようだ。僕たちはこれで失礼するよ」
「いや、ちょっと待ってくれ」
「ん?」
なぜか何も告げずに立ち去ろうとしたので思わず呼び止めてしまった。
えっと、ここからどうしようか。正体が知りたいだけなんだが。
とりあえず名乗ろう。
「とりあえず改めて、だ。俺は〈戦闘課1年1組〉ゼフィルス。助けてもらってありがとう。名前を聞かせてもらっても良いだろうか?」
「はは。本当は名乗るのもどうかなぁと思っていたんだけど、求められちゃ仕方ないね。僕は〈戦闘課3年1組〉、名をメシリアさ」
「メシリア先輩。ちょっと聞きたいんだけどいいだろうか?」
「どうぞ」
「あの〈スタンロッドアウト〉って俺でも手に入れられるだろうか?」
おっと俺よ、もっと聞かなくちゃいけない事があるはずだろう。
なぜ〈スタンロッドアウト〉についてなんだい?
自分の口が勝手に喋ってしまったんだ。間違えた。
「あははは。僕たちよりこの杖が気になるかい? 勇者君は面白いねぇ。答えると、僕たちのギルドは治安維持組織の下部
俺の質問にメシリア先輩は心底可笑しそうに笑った後、丁寧に答えてくれた。いい人だ。
それに、俺が気になっていたことが知ることができたぞ。あの質問で間違いではなかったらしい。(間違いです)
治安維持組織の下部
なるほど、それなら納得だな。
また〈スタンロッドアウト〉は学園からの貸与品らしい。
俺はリアルでも〈スタンロッドアウト〉はゲットできないようだ。メシリア先輩のギルドに入れば手に入れることができるだろうが、それだけのために加入することはできないので諦めるしかない。残念。
「そろそろ授業が始まる時間だ。これで失礼するよ。あ、そうだゼフィルス君。ラナ殿下を頼むよ、大変だとは思うけど君には期待しているんだ。頑張ってほしい。それじゃあね」
「え、ラナ?」
最後にメシリア先輩はそう言い残して去っていった。
何を期待されたのかいまいち分からなかったので呼び止めようとしたのだが、予鈴が鳴る。
時間を見れば、あと5分でホームルームが始まる時間だった。
今日は余裕を持って来たが、あいつらのせいでずいぶん時間を取られてしまった。
しかたない。また機会がある時にでも聞こう。
すでにあの黒装束の人たちもいない。見事な引き際だったな。
俺は感心しつつ、1人教室に向かう。
その日、サターンたちが戻ってくることは無かった。
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