第279話 クエスト中のガールズトーク。心配事は尽きない




「ふう。凄い威力だったわ。あれは危険よ」


「ラナ様。無事立ち直りましたようで何よりでございます」


 ゼフィルスが少し離れた向こう側で、すでに50個目の伐採に取りかかろうとしている頃、ようやくラナが我に返ってそう言った。


 エステルがハンカチを片手にせっせと火照ったラナを拭っている。


「ん、ラナ羨ましい。私もやっていい?」


「ダメよカルア。あれは危険なの。命が惜しければやめた方がいいわ」


「そこまでの事なのだろうか?」


 カルアが参加を表明するもラナが一瞬で却下する。

 何故か命の危険を訴えるラナの言葉にリカは苦笑した。


「でも惜しかったわ。あんな機会、なかなかないっていうのに、もう少し慣れが必要ね。いきなりあの顔が傍に迫るなんて心臓が耐えられないわ」


「確かにあのシチュエーションは良かった。ゼフィルスも男前だったな」


「ん。ゼフィルス優しい」


 ラナのわがままが切っ掛けではあるが、それにツッコミを入れつつラナを優先させてくれ、さらにラナがオノをまともに扱えないと知ればすぐに助けに入って、できる限りラナの希望を叶えさせようとするゼフィルスの行動にリカとカルアの評価は高かった。


 ラナだけは嬉し恥ずかし体験を逃してしまったことを悔いている様子だが。


「中々できることではありません。それだけゼフィルス殿はラナ様を信頼なさっているということかと」


「そ、そうね。私、ゼフィルスから1番に信頼されているわよね?」


 何やら1番を強調するように言うラナ、その言葉には何かその場所を脅かす存在を思わせる。

 それを察知して微笑ましいという顔になるエステルとリカ。

 最近、ラナがやきもきしていることを知っているからだ。


 先日、〈エデン〉に新しい加入者が加わった。

 名前をヘカテリーナ。ゼフィルスが欲しがっていた指揮官である。

 また女の子! とそれだけでもラナは少々ゼフィルスに文句を言ってやりたい気分だったが、問題なのはヘカテリーナからゼフィルスに向かう視線と態度だ。


 明らかにゼフィルス狙いの子なのである。

 もう、〈エデン〉の女性陣は即で察した。むしろゼフィルスが連れてきた瞬間に察していた。


 聞いてみれば、ヘカテリーナは職業ジョブの取得に失敗し、今後の人生が真っ暗闇だったのだという。

 貴族は貴族専用の職業ジョブというものが存在するとはこの世界でも知られており、そして貴族専用職業ジョブは基本的に一般的な職業ジョブよりも強い。

 そのため、貴族は貴族専用職業ジョブにしか就かない傾向にあった。

 家によっては貴族専用職業ジョブに就く以外認めない所もあるほどだ。ヘカテリーナはそんな家の子だった。


 そして不幸にも発現した職業ジョブと性格がまったくあわなかったヘカテリーナはお先真っ暗の人生が確定していた。

 転職すれば別だろうが、いつ発現するかも分からない、希望する職業ジョブを待っていたらあっと言う間に年を重ねてしまうだろう。

 しかも、転職というのはこれまでの人生をリセットする行為だ。歳は16歳に戻れないので、同世代との差はとんでもない事になるだろう。へたをすれば人生が詰む。


 そんなところに現れたのがゼフィルスで、まあ、予想通りなんの抵抗も無く、暗闇も、絶望も簡単に取り払い、今後の人生を明るくしてくれたのだ。しかもたったの1日で。


 そんな相手に好意を寄せないわけもなく、ヘカテリーナはもうゼフィルスにぐいぐい迫っていた。

 今まで外堀を埋めていき、最後に本丸を攻め落とす気満々だったラナとは違い、いきなりの本丸攻めである。

 しかも、ゼフィルスが拒否も否定もせず受け入れているように見えるのでラナたち〈エデン〉の一部の女子メンバーは焦っていた。全部ゼフィルスのせいである。


 まあ、本当に受け入れているわけではないというのは女性陣にも分かっている。

 ただ感情はいかんともしがたく、自分だけを見て欲しいと思ってしまうのが乙女心だった。


 だが、ゼフィルスは皆に優しいのでラナは不安に思うのだ。


「いっそのことゼフィルス殿と婚約してしまってはいかがです?」


「んなぁ!? そ、それはまだ早いのでは無いかしら!? だってまだ出会って1ヶ月しかたってないのよ、多分ゼフィルスだって結婚なんて考えてないはずだわ!」


 エステルの真顔の提案に焦るラナ。

 ラナの言っていることは、至極とうだった。


 そしてゼフィルスも、エンディングを考え始めているとはいえまだ学園が始まったこの時期にどこへ進むかなんて具体的なことは考えていない。婚約を迫られたとしておそらく断ってしまうだろう。ラナは慧眼だった。


「でしたら婚約するしかない状態に追い込むのはいかがでしょう」


「いえ、できればあの恋愛小説みたいにラブロマンスな感じが良いのだけど…」


 ラナの不安そうな表情に、護衛のエステル何かが触れたようだ。物騒な発言が飛び出した。

 次第にラナの言葉が下がっていく。

 ラナが欲しいのは甘酸っぱい恋愛小説のようなラブロマンスなのだ。

 確かに外堀を埋めてはいるが、それは将来的にもしくっついた場合の根回し的な意味が強い。


「ラナ、ファイト」


「そうだな。不安に思うのなら攻めなければならない」


 しかし、カルアとリカが応援に加わった。

 さすがにエステルの言うような物騒な話ではないが、ゼフィルスが欲しいのなら相応の行動が求められる。


 ライバルが増えてきた今、もしかしたらもあり得るのだ。

 顔が近かっただけで目を回してプシューしている場合ではない。


「そうね、今のは私らしくなかったわ! もう少し仲が深められるように頑張ってみるわね!」


 〈エデン〉の皆に励まされてラナは立ち上がる。


 それに気がついたゼフィルスが手を振りながら戻ってきた。


 ラナは心の動揺をその辺に放り投げ、いつもよりも少しだけ近い位置を目指し、一歩踏み出していく。




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