第四章 〈ダン活〉初のリアル学園!

第210話 麒麟児と呼ばれる少女。立派に成ってしまって



 5月2日。

 今日は学園が本格的に稼働する日である。


 大いににぎわせ、涙と夢と大望を与えられた測定最終日から一夜明け、学園は一時の平穏を取り戻していた。


 昨日、夢が叶った者も、叶わなかった者も、泣いても笑っても今日からは新学期。

 気持ちを切り替え、自分の職業ジョブと見つめ合い。これからの人生に向けて勉学に励むのだ。




 しかし、切り替えられない子がここに。


「ねえゼフィルス君、私もそっち行っちゃダメかな?」


「いや、ハンナは生産専攻だろ。こっちは攻略専攻だから」


 新学期という晴れの日に、とある分かれ道で学園の制服に身を包み、問答を繰り返している男女2人がいた。

 俺とハンナである。


「もう何度も言っているだろうが、ダメなものはダメだ。というより不可能だから。【錬金術師】は攻略専攻には入れないから」


「うぅ~。でも〈エデン〉の皆は私以外攻略専攻なのに私だけ生産専攻なんて」


「いや、【錬金術師】から転向されても困るから。ハンナはそのままでいてください」


「むぅ」


 俺の言い分は分かるけど納得は出来ないとばかりに頬を膨らませるハンナが可愛らしい。


「ハンナ、制服似合ってるな。可愛いぞ」


「そ、そうかな。えへへ。ってそれ朝から5回目だよ! ゼフィルス君ごまかそうとしてないかな!?」


 ついにバレたか、さっきまではハンナが言い出したら制服姿を褒めることで切り抜けてきたのだが、さすがに使用限界らしい。



 今日は新学期の初日、つまりクラス分けがある。というかクラス分けに1日が使われると言った方が正しいか。


 何しろ昨日は日付が変わるギリギリまで測定に費やされていたので、学園もクラス分けをしている時間なんて無かったはずだ。

 というより測定をスピード重視でやっていたために記入漏れやトラブルなんかがある可能性が非常に高く、それを二重にじゅう確認する意味でも今日という日が使われることになっている。


 学生は希望する専攻の学舎へとまず向かい、職業ジョブと専攻の相性をはかられる。

 そこで内定が出れば専攻に入り、次はどの課に入れるのか、適性のある課を選択することになる。


 内定が出なければ別の専攻を勧められる。例えば【錬金術師】さんが〈攻略専攻・戦闘課〉を希望したとして、通る事は万に一つも無い。間違いなく生産専攻を勧められるだろう。

 職業ジョブとはそれほど絶対的なものなのだ。攻略専攻に入りたければ戦闘職か、せめてダンジョンを探索する系の職業ジョブに就いていなければならない。


 そう、朝からハンナに言い聞かすこと5回。

 なんとかしてやりたいが俺にもどうすることも出来ないことはあるのだ。悪いがハンナだけ生産専攻である。

 俺は心を鬼にしてハンナに伝えた。


「生産専攻に行かなけりゃ先生方が泣くぞ。〈麒麟児のハンナ〉」


「そ、その二つ名も恐れ多いんだよ!?」


 〈麒麟児のハンナ〉。最近学園内でのハンナの二つ名だ。

 由来はLV。ハンナはなんと【錬金術師LV52】。

 俺たち〈エデン〉のメンバーがLV50で止まっている中、ここ最近爆弾やらMPポーションやらを作りまくっていたハンナは生産でコツコツ経験値を稼ぎ、この短期間に2つもLVを上げてしまっていた。


 つまり、新一年生でトップ。


 学園はダンジョンに入る度に職業ジョブのLVを計測するためハンナがLVトップだとすぐ学園側にバレた。

 新学期を前に職業ジョブLV52というのは学園が始まって初の快挙であり、最高新記録だった。先生方からは熱心に声を掛けられ、学園側から非常に優秀な新一年生として大きく注目されている。

 もちろんギルド加入合戦シーズンにそんな情報が学生に伝わらないはずも無く、いつの間にかハンナは〈麒麟児のハンナ〉と言われるようになってしまったのだ。


 ハンナ本人にその噂を聞かせた時は信じず「私が麒麟児なわけないでしょ~」とコロコロ笑い、そして真実を知って布団の中で丸くなった。十回ほど「どうして私なのー!? 絶対皆勘違いしてるでしょー!?」とか叫んでいたらしいけど、まあそういう事もあるよね。


 未だ事実を受け止めきれない、いや受け止めたくないハンナは「せめて〈エデン〉の皆と一緒に居たいよー、クラスに1人とか不安でしかないよー」と言って、こうして不安に震えているわけだ。

 確かに大きすぎる期待って震えるよな。

 ただの村娘だったハンナが一ヶ月でこんな立派になってしまって。どうしてこうなってしまったのか俺にもよく分からない。


 とそこへ助っ人が現れた。


「あらハンナさん、こんな所にいらしたのね。探しましたよ」


「アイス先生!? あ、あのですね…」


 現れたのはこの学園の教諭であり、生産専攻の主幹教諭しゅかんきょうゆを務められているアイス先生。

 〈学生手帳〉にも顔写真とプロフィールが載っているレベルの偉い方だ。とても優しい顔をしたお祖母ちゃんという印象。

 ハンナを気に掛けている先生の一人らしい。


「さあさあハンナさん、行きますよ。入学生代表の挨拶は考えてきましたか?」


「ふえ! あ、は、はい。一応は。でも本当に私なんかが」


「なんかとは言ってはいけませんよ。あなたは学園始まって以降初の大きな記録を残した素晴らしい【錬金術師】なのですから。もっと自信を持ってください」


「わ、わかりました」


 どうやらハンナは生産専攻の部で入学生代表の挨拶をするらしい。

 さすがLV52。先生方からの期待が大きい様子だ。ハンナ本人は目を回す直前のようだが。


 昨日の午後、ハンナが自室に籠もっていたのはどうやら入学生代表の挨拶を仕上げていたかららしい。


 そしてアイス先生の長年の経験から来る手腕に丸め込まれたハンナはとうとう観念した。


「ゼフィルス君ー」


「頑張れハンナ。応援しているぞ」


 俺が手を振って励ますと、ハンナも情けない声を上げながら手を振り返した。

 ガンバレとしか言えない。


 とそこでアイス先生が俺の方へ向く。


「あら、ごめんなさい。あなたが【勇者】のゼフィルスさんですね。私は生産専攻で主幹教諭を務めています、アイスといいます。気軽にアイス先生と呼んでくださいね」


「はい、存じています。覚えていただいて光栄ですね。今日はハンナをよろしくお願いいたします。とても緊張しているようなので」


「こちらこそよろしく。ハンナさんの事はお任せになってくださいな。ちゃんと補佐も付けますから安心してください」


「ふえ?」


 アイス先生と挨拶を交わし合いハンナのことを任せた。どうやら入学生代表の挨拶などに補佐を付けていただけるらしい。事がどんどん大きくなっている気がする。

 そしてハンナは寝耳に水といった様子。

 ハンナ大丈夫か? とも思うがアイス先生というベテランが請け負ってくれたのだ。大丈夫だろう。


 分かれ道でハンナとアイス先生を見送り、俺も攻略専攻の校舎へ向かった。


 目指すは〈ダンジョン攻略専攻・戦闘課〉だ。




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