第170話 Eランク試験開始! 戦闘シーン全カット!




「あちらは凄い意気込みだねぇ。良いギルドだ」


「はい」


 ラダベナが『遠見』が付与された単眼鏡アイテムで白の本拠地にいるギルド〈エデン〉を見てそう呟いた。


 頷いて返すのはフィリス。今年度から〈ダンジョン攻略専攻・戦闘課〉に入った新任教師だ。

 いつもは気が抜けるようなふわっとした性格のフィリスだが、このラダベナには頭が上がらない。


 それもそのはずで、フィリスが学生だった時に3年間担任を務めたのが、このラダベナだった。フィリスが学生時代大変お世話になった人であり、恩師に近い。

 それがなんの縁か同じ職場で働く事になって、一ヶ月近く経った今でもフィリスには慣れる様子は無かった。


「話題の【勇者】に【聖女】の王女様。そして他にも粒ぞろいが多数。しかもまだ5月にも入っていないというのにEランク昇格試験までこぎ着けるとは、本当に信じられないギルドだね」


 そう言いながらラダベナが単眼鏡をしまう。

 呆れたような物言いだがその口調は柔らかい。ラダベナは将来有望なギルドの登場を嬉しく思っていた。フィリスが恩師と慕う人物だ。教師気質が強い方で若者を応援し導くのが好きな人なのだ。


「さてフィリス。今回はあんたがリーダーだ。やりたいようにやってみな」


「そう言われても、困ってしまいますよ」


 何しろまったく未知のギルドなのだ〈エデン〉というのは。


 Eランク試験はただの通過点。学生を導き、時に押し出すための儀式みたいなものだ。

 ここで教師たちに求められるのは学生がしっかり学べているのかを見極める事。

 まだまだ勉強不足であれば再度教え、それらを吸収出来ていればそれを活かせるよう〈ギルドバトル〉を通じて導いていく。

 そして学生のやる気と実力を伸ばすのがEランク試験である。


 しかしながら、今まで前例が無いようなギルドをどうやって導けば良いものか誰にも分からない。任された新任教師のフィリスはとても困った様に片手を頬に添えた。


「何か問題があった時にフォローするためあたしたちがいるのさ。フィリスはただ感じるままにやってみれば良いさね。案外、普通にギルドバトルする事が最大の教えになるかも知れないよ。どうもあのギルドは【勇者】がリーダーシップを発揮して引っ張っているタイプだ。こちらが教え導かなくても勝手に吸収して伸びるタイプだよ。あんまり教え甲斐が無いねぇ」


「そういうものですかぁ」


 方針は決まらず。しかし、時間だけは迫る。


「そろそろ開始時間だ。ムカイ先生、準備は出来ているかい?」


 ラダベナが振り向くと男性教師のムカイがコクリと頷いて親指を立てた。

 無口な教師なのだ。ムカイは。しかし実技の実力は高く、生徒からの信頼も厚い。無口だが。


「ほらリーダー。学生たちが退屈しちまうよ。さっさと決めちまいな」


「うーん。ではまず中央を取りましょう。その間に相手の出方次第で臨機応変に対応。ツーマンセルは私とラダベナ先生で、ムカイ先生は小城を取りつつ東の巨城への道確保をお願い出来ますか?」


 フィールドの中央は将棋で言う天王山。戦略上の要地であり、ここを抑えておけば周囲小城の確保から巨城、本拠地への攻め、そして守りがスムーズに進む要所中の要所である。

 本来ならEランク試験で真っ先にここを取る教師なんていないのだが、何せ相手が未知の〈エデン〉である。勝つにしろ負けるにしろ、どうとでも対応出来るようまずここを押さえておこうというのがフィリスの考えだった。

 本当は勝ってはまずいのだが、ラダベナの言ったように普通にギルドバトルをする感じで試験をしようと決めた形だ。


「中央ねぇ。ま、それも良いね。よし、それで行こうか」


「はい。ではムカイ先生お願いします」


 ラダベナの許可も出てフィリスが指示出す。ムカイがコクリと頷き何やらタブレット端末を操作したかと思うと、ダンジョンの中央上空にドデカいスクリーンが現れた。そして表示されるのはカウントダウン。

 アレが0になった時、Eランク試験のスタートだ。


「向こうも準備を始めたみたいだね」


 ラダベナがまた単眼鏡を取り出して〈白〉の本拠地を確認し、無事学生組もスクリーンが見えている事を確認する。今回審判がいないためホイッスルは無い。なのでブザーで対応だ。カウントダウンが見えていないとなったら可哀想なのでそこはしっかり確認しておくのも教師の務め。


 そしてカウントダウンが進み数字が0になると、スクリーンから「ブー」と始まりの合図が鳴った。


 〈ギルドバトル〉スタートだ。


「ありゃ」


「えー!?」


 ギルド〈エデン〉側から迷い無く飛び出した【勇者】と【姫騎士】、その迷い無い動作に教師たちは度肝を抜かれる。まるで何度も〈ギルドバトル〉をしてきたベテランのような迷いの無さだったのだ。

 思わずラダベナが呆気にとられ、フィリスが驚きに声を上げた。


「さあて、相手も中央を目指しているみたいだよ。フィリス。どうすんだい?」


「え? いえ、ここからの変更は出来ません。まずは予定通り行きましょう」


「分かったよ。しかし、速いねぇあの子たち。もう2マス目だよ。こりゃうかうかしてたら先に取られるよ?」


 ギルド〈エデン〉の初動はとんでもなく速かった。

 教師たちも防衛モンスターを倒し、小城を取りながら進んでいくが、かなりの速さで進んでいるはずなのに差があまり開かない。このままでは中央でぶつかるか、とフィリスが思った時、唐突に相手の進路が真北に変わった。


「む。こりゃいけないね」


「〈エデン〉は北巨城を取るつもりですか」


「あたしたちはどうすんだい? 追いかけるか、中央マスを確保するか」


 巨城は硬く、耐久力がある。防衛モンスターも小城とは違いLV30とかなりの強さだ。今から追えば間違いなく追いつくが、中央を取りに行ってから追いかけると出遅れるだろう。

 しかも、


「後衛の後続も追いかけているみたいだねぇ」


 ラダベナの言うとおり、先行する2人を追いかけるように後衛が白く塗りつぶされたマスを進んできていた。白くなったマスは保護期間中で入れないのでこれを止める事は出来ない。

 今中央マスを捨てて北へ追いかければ、この後続に中央マス天王山は確保されるだろう。


 しかし北で巨城確保の勝負をしたとして、先取せんしゅ出来るかは分からない。

 相手は5人、こちらは2人、同時に巨城を削ったとして最後の一撃を自分たちが奪える可能性は決して高くはない。


 ならば確実に確保出来る中央マスを取っておくのが良いとフィリスは考えた。


 それが、まったくもって意味の無い事だとも思わずに。


「中央で!」


「あいよ。フィリス。あんたもまだまだだねぇ」


 ラダベナはこれまでの経験から今後の展開を予想出来てしまったが、まだまだ若いフィリスにそこまで察する事は出来なかった。

 この選択こそ教師組を窮地に追いやるポイントとなった。


 結果中央マス天王山を確保したのは教師組だった。

 しかし、〈エデン〉はそのまま北へと一直線に進み北巨城を先取。


 ポイント差で負ける先生組だったが、その後ムカイ先生が道を作ってくれた東巨城を確保して同点。

 教師組はそのまま西巨城を目指すが、〈エデン〉の方が近いことも有り西巨城は〈エデン〉が落とす。

 全ての巨城がこれで落ちた形となった。


 そこからは本来なら小城を確保しながらの対人戦となるはずだが、圧倒的LV差を誇る教師たちが学生に挑むのはルール的にはOKだが趣旨からは外れている。そのため教師組が出来る事と言えば、小城を確保しつつ全ての巨城の確保くらいしか無い。


 中央マスを確保していたために中央一帯は教師組が大きく陣を広げた。これは戦略上かなり有利、なはずだった。

 だが、〈エデン〉はむしろ外側のマスを、輪を作るようにして多く取得していく。まるでマスならどこでも良いと言わんばかりに手当たり次第にマスを取っていくため教師組とのポイント差は開く一方となった。


 そして残り時間8分。教師たちが〈エデン〉の持つ2つの巨城をひっくり返し、ポイントが逆転する。

 しかし、


「あれ? これって負けじゃないかしら?」


 空中のスクリーンには〈途中経過:『白5710P』対『赤7280P』〉〈残り時間7分46秒〉と表示されている。

 ポイント的には先生たち〈赤〉が勝っている。しかし、巨城を1つでも落とされたら負けという状況。

 この段階になってようやく気づいたフィリスがラダベナの方に向いた。


「いやぁ、あの【勇者】の子、凄いねぇ。割と本気でやらせてもらったけど完全に掌の上だったさ。こんなにLV差があるのにここまで一方的にやられるというのは、ちょっと経験が無いねぇ」


 ラダベナは全部分かっていたようにカラカラと笑う。

 それを見てフィリスはたらりと汗が流れた。


 いつから掌の上で転がされていたのか。

 確かに最初から人数差はあった。しかし、相手はまだ学生、しかも入学して1ヶ月も経たない1年生だ。教師とのLV差はどれほどのものか。だからこそ油断していた。

 〈ギルドバトル〉ではLV差は勝利に直結しない。いくら個人的に強くてもギルド全体が強くなくては勝てないのが〈ギルドバトル〉だ。

 それは、フィリスも分かっていたつもりだった。


 しかし今回、フィリスはさほど手を抜いたつもりは無かった。

 つまりいつもとほとんど変わらない〈ギルドバトル〉を行っていたと言って良い。ルールでいくつか縛られてはいるが、対人戦をしない〈ギルドバトル〉というのは珍しくもないので気にもとめていなかった。


 そして結果、よく分からないまま相手優勢で〈ギルドバトル〉が終わろうとしていた。


 巨城1つでも取られたら負けてしまうこの状況。なんでこうなったのか経験の不足していたフィリスにはよく分からなかった。


 しかもこれが全て、【勇者】ゼフィルスが最初に予想していたその通りの展開だとフィリスが知ったらどんな反応をするだろうか。



 結局、教師側が3人で手分けして巨城2つと本拠地を守るも、防衛の入っていなかった北巨城を〈エデン〉に落とされて試験終了。


 ポイント〈『白8360P』対『赤7850P』〉でカウントが0になり、決着が付いた。


 Eランク試験〈ギルドバトル〉。

 勝者、〈エデン〉。




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