第69話 赦しを乞う

「はあ! はあ! ここ、ここね! ブンニーさんち!」

 少女が示した家は、『山の村』では平均的な家だった。木造の柱と土の壁、雪を警戒した石きの屋根と、鳥人たちが出入りするための大きな窓。それからかたわらに薪小屋。

 レーキが暮らしていた、ペール夫妻の家も似たようなモノで。

 ──ここは変わらないのだな。

 眩暈めまいがする。この村はまるで時が止まっているようだ。変わらない。あの頃に戻ってしまったのかと、錯覚するほどに。

「ブンニーさん! ブンニーさん! 旅人さんだよ!」

 ここまでレーキを案内してくれた少女が、ブンニー家の戸口を叩く。

 レーキは一つ息を吸い込んで、覚悟を決めた。

「はいはい! 何の用だい?」

 扉を開けて、年嵩としかさで鳥人の女が出てくる。その女はレーキの姿を認め、いぶかしげに首をかしげる。

「あんた、どちら様? 家に何の用だい?」

「俺は、レーキ・ヴァーミリオン。……いや、レーキ・ペールだ」

 ブンニー家の女が驚愕きようがくに眼を開いた。そしてレーキをおそれるように一歩後ずさった。

「い、いまさら何の用だ! また村を襲う気かい?!」

「あの時の俺は盗賊とは何の関係もなかった。俺はただ養母の言いつけで森に行き、薪を拾っていただけだ」

 ブンニー家の女は、信じられないモノを見る眼でレーキの出方をうかがっている。

「ペールの家の三軒先に住んでいた大工を覚えているか?」

「ああ、覚えてるよ! あの人は盗賊がつけた炎にまかれて死んだんだ!」

 この村で大工の死の真相は知られていないらしい。だが、ブンニー家の女は憎々しげに吐き捨てる。レーキは静かに、女に問い続けた。

「彼の縁者は今どこに?」

「みんなあの時亡くなったよ! あの人が最後の一人だったんだ!」

 あの時の大工の怒りの理由が、十一年ぶりに解った気がした。家族を亡くして、その怒りの全てをぶつけようとしたのが、その場にいたレーキだったのだ。

「……そうか。なら、最後に一つ教えてくれ。彼の墓は今どこに?」

「墓地に決まってるだろ! なんだい! 今更ゆるしをうつもりか!」

 ブンニー家の女は金切り声を上げて、レーキを非難する。

「……ああ、そうだな。赦しを乞うだろう。でもそれは俺が盗賊を呼んだせいじゃない。俺が、あの人を殺したからだ」

「……?!」

 レーキの告白に、ブンニー家の女は絶句する。レーキを指差して、ぱくぱくと唇を震わせる。

「あの人が俺を殺そうとした。だから、俺はあの人を殺した」

「……ひ、人殺し……?!」

「……そうだな。でも本当は殺したかった訳じゃない。俺はただ、死にたくなかった。それで、偶然そうなったんだ。あの時俺が犯した罪は、あの大工に関するものだけだ」

 ブンニー家の女はレーキを見つめ、「ひいっ」と叫んで戸口へ逃げ込んだ。その様子では、冷静に話を聞いてくれはすまい。レーキは対話を諦めて、墓地へと向かう。

 固唾かたずを飲んで、レーキとブンニー家の女のやりとりを見つめていた子供たちは、墓地へと向かうレーキの後を、遠巻きにしてついて来る。

 恐いもの見たさ、とでも言うのか。謎めいた旅人は、刺激の少ない村の子供たちの好奇心をいたくくすぐったようだ。

 墓地への道すがらに。レーキは野の花を何本か摘む。秋に咲くその花は、この辺りでは珍しくもない雑草で。ただその花弁は黄色く、可憐であった。

『山の村』の墓地は村の北側、山との境にあって、一日中日の射さぬ陰鬱な場所だった。

 幼い頃、レーキは何度かここを訪れていた。普段は人気の無い墓地は、独り隠れて泣くのにはおあつらえ向きの場所だったのだ。

 大工の男の墓を探す。鳥人たちの墓標は止まり木を模した、木製の板を組み合わせたもので。止まり木には、その人物が生前営んでいた職業に関する飾りがかけられている。

 農民ならすきくわ、大工なら金鎚かなづちのこぎりなどだ。

 大工のための飾りはすぐに見つかった。その中の一つが、あの大工の墓だった。

 レーキはその前に片膝をついて、摘んできた野の花を手向けた。

「……本当に、すまなかった。赦してくれと言えた義理ではないが……赦してくれ」

 死後、大工の男は死の王の国で家族と再び会えたのだろうか。

 レーキはこうべを垂れて、死の王に祈る。

 ──あの人が、死の王様の国で平穏に暮らしていますよう。苦しみから解放されていますよう。どうか、どうか。

 墓も死の王も、何も応えてはくれない。それでも、レーキは祈り続けた。


「……旅人さん、泣いてる、の?」

 いつの間にか、先ほどの少女がレーキの隣に立っていた。

「ああ、いや……泣いてはいないよ」

 レーキは微笑んで、少女の頭を撫でてやった。

「旅人さん、すごく苦しそうな顔してたから」

 くすぐったそうに笑ってから、少女が言う。

「そうか。そんな顔してたか? ありがとう。君は優しいな」

「まあね!」

 得意げに少女は胸を張る。その背に揺れている羽は褐色で、まだ空を飛べるほど大きくはない。

「君はこの村で生まれたのか?」

「うん!」

「俺はどこかよそで生まれて、この村で育ったんだ」

「え! 旅人さんはこの村の人だったの?」

 少女は驚いて、まん丸に眼を見開いた。

「ああ。十一歳までこの村にいた」

「じゃあ、今はどこにいるの?」

「アスールにいた事もあるし、ヴァローナにいた事もある」

「アスール? ……ってどこ?」

 少女は首を傾げる。幼い少女は、この国の外に別の国があると言うことを知らないのだろう。

「よその国だよ。ここからだとかなり遠いな」

「遠いのにどうして帰ってきたの? あ、お墓参りだね!」

 レーキが手にしている花を見て、少女は納得したように頷いた。

「ああ。そうだな。俺は墓参りに来たんだ」

「お墓、見つかった?」

「見つかった。でも後二つ探したいんだ」

 レーキは立ち上がり、辺りを見渡す。少女もそれを真似して、きょろきょろと辺りを見回した。

「なんて言うウチのお墓? いっしょに探して上げようか?」

「ありがとう。探しているのはペールと言う夫婦の墓だ」

「わかった!」

 少女は墓地の入り口を振り返って、叫んだ。

「ねえ! みんな! 旅人さんがお墓を探してるんだって! ペールってウチのお墓だって!」

 墓地の入り口でレーキを遠巻きにしていた子供たちが、わらわらと少女の周りに集まってきた。

「旅人さん、一番さいしょにお墓を見つけた子にお小遣いをあげて? そしたら、みんながんばるから!」

「君はなかなか交渉上手だな。……解った。一番に墓を見つけた子に、さっき君に上げたのと同じ額の手間賃をだそう」

 わあっと上がった子供たちの歓声が、墓地の陰鬱な空気を明るくする。子供たちは墓地に散らばって、ペール家の墓を探し始めた。

 ペールの墓はなかなか見つからなかった。子供たちは文字が読めない。墓標の文字が判別できるはずがなかった。

 これではないか、あれではないか、と墓を探す内に。ペール夫妻の墓が揃って並んでいる場所を見つけた子供がいた。

 最初に墓を見つけてくれた少年に、レーキは小遣いをやった。

 喜んでいる少年を後目に、レーキはペール夫妻の墓にひざまずく。

 それは粗末な墓で。今では世話をする者も居ないのだろう。止まり木はちかけ、それにつけられた農機具を模した飾りも片方は外れていた。

 ──やはり、養父も養母もあの時死んでいた。

 酒を飲む度に自分を殴りつけた養父。自分を奴隷か何かだと思っていた養母。けっして愛しいとは言えない。それでも、レーキにとっては初めての家族だった。

「……さようなら。ありがとう。養父とうさん、養母かあさんだった人」

 レーキはその墓にも野の花を供え、彼らのためにも祈った。

 子供たちはレーキが祈る間、静かに口をつぐんでくれていた。

 レーキは立ち上がる。目的を果たした今、この『山の村』に来ることは二度とあるまい。

「みんな、墓を探してくれて、ありがとう。ここは……この村は俺の故郷だった。また、ここに来られて良かった。だが、もう二度とここを訪れることは無いだろう。俺は、俺が帰るべき場所に帰る」

 そう言って、レーキはマントを脱いで荷物にしまった。レーキの背に黒と銀の羽を見つけた子供たちは、あんぐりと口を開けて驚いている。

「……旅人さんは、アーラ=ペンナだったの?」

 褐色の羽の少女が問う。レーキは静かに微笑んだ。

「黒と、銀色のはね、はじめて見た……!」

「変なはね……!」

「黒いはねのアーラ=ペンナなんてホントにいるの?! お話の中だけだと思ってた……!」

 子供たちは口々に感嘆の声を上げる。レーキは子供たちが静かになるのを待って、「これから空を飛ぶから。羽が当たらないように少し離れてくれるか?」と告げた。

 子供たちが言われた通りに距離をとると、レーキは羽を一度打ち振るい、墓地から飛び立った。

 子供たちは気付いてはいなかったが、レーキの眼にはブンニー家の女を先頭にして、村人が墓地に向かっている所が見えていた。

 村人たちと争うつもりも、村人たちから糾弾きゆうだんされるつもりもない。レーキはゆっくりとその場を旋回せんかいしながら、『光球』を幾つも打ち上げた。『学究祭』の最後、光のショーの応用だ。

 踊り回り時に弾け、刻々と色を変えていく『光球』の美しさに、子供たちは大喜びで歓声を上げてはしゃいだ。村人たちも驚嘆し思わず足を止めた。

 そのショーがすっかり終わる頃には。レーキは夜の闇に紛れて姿を消していた。

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