第38話 初仕事・後

 レーキは『ギルド』に入会して、荷運び人足ポーターとして、仕事を受けることになった。

 直接戦闘行為に参加しない職業としては、ポーターが一番賃金の良いモノだったのだ。

 戦闘に参加すればどうしても命の危険がある。それに、レーキは日常的に天法を使う職業に就くことを躊躇ためらっていた。

 『ギルド』で、丁度護衛とポーターを探していた依頼人と出会った。

「……あたしはネリネ・フロレンス。考古学者よ」

 自己紹介と共に、ネリネは右手を差し出す。それはグラナート流の挨拶だった。その手を右手で握り返すとネリネは我が意を得たりとばかりに、にっと笑った。眼鏡の奥、藍色のひとみがくりくりと良く動く、元気の良さそうな少女だ。

「俺はレーキ・ヴァーミリオン。今はポーターをしている」

「よろしくね。ポーターさん。ええっと、お料理が出来るってホント?」

 レーキが天法士で有ることを隠して作った経歴書を見ながら、ネリネが問い掛ける。

「ああ。宿の食堂で働いた事もある」

「そう。それならあなたで決まりだわ……今回頼みたいのはね、遺跡調査のお手伝いなの。ヴァローナにある古い金鉱の奥で遺跡が見つかったのよ。どうも古代期の遺跡みたいで、あたしはそこの調査に行きたいの」

「なるほど」

「残念だけど、一度調査隊が入った後だから……危険はないわ。念のため護衛も雇ったし」

 一度調査された遺跡に、一体何の用があると言うのだろう?

 レーキは疑問に思ったが、詳しく尋ねることはやめておいた。ネリネの提示した賃金はなかなか良い額で、危険が無いと言うなら受けたい依頼だった。

「……解った。依頼を受けよう。出発はいつだ?」

「話が早くて助かる。出発は明日の朝。朝の鐘がなる頃に。遺跡の場所はこの街から徒歩で半日くらい北東。あなたに運んで貰いたい荷物は食料と調査に必要な機材」

「それも解った。……ではまた明日」

「ええ。……またね!」


「……もー! 後ろで何揉めてんのよ。ぐずぐずしてると置いてくわよ!」

 一番前を進んでいたネリネが、後ろを振り返って叫ぶ。横柄な護衛の男は、ちっと舌打ちしてから彼女を追いかけた。

「すみませんね! ネリネさん。ポーターの奴が生意気言うもんで」

「ふうん。ま、あんまり揉めないで仲良くやってよね」

 ネリネはカンテラを持ち直し、眼鏡の位置をくいっと直してレーキを振り向いた。

「ポーターさん、地図によるともう少し進んだら少し開けた場所にでるはず。そうしたらご飯にして。お料理が出来るって言うからあなたに決めたんだから」

「ああ、解った」

 ネリネは地図が頭に入っているらしい。背嚢はいのうに差してある地図を広げることなく、レーキに命じると、先頭にたって歩き始めた。

 二つに束ねた空色の長い髪が、カンテラの明かりに照らされて揺れている。念のために被っている帽子は、金属で補強されているようでいかにも重そうだ。

 その髪色に似合うように、青緑色を基調にした動き易い服装のネリネは、胸元の膨らみさえ無ければ少年のようにも見えた。


 黙々と歩く。するとネリネが言った通りに坑道が幾本も集まった広場のような場所に出た。

「さ、ここでご飯にしましょ。今、火をおこすわ」

 レーキが運んだ薪を、簡易的な焚き火台に載せて、ネリネは手早くカンテラの火を移す。燃え上がる炎が、坑道とその場にいる三人の顔を照らし出した。横柄な護衛は早速地べたに座って自分の武器である長剣を点検している。

 レーキは大きな背嚢から、塩漬け肉と日持ちする根菜類を取り出した。主食はやはり日持ちする堅いパンだ。調理器具の鍋と折りたたみ式の五徳ごとくを取り出し、包丁代わりのナイフで手際よく根菜をカットする。塩漬け肉と一緒に根菜を鍋で煮込んで、持参した調味料で味付けすれば、夕食用の具沢山スープの完成だ。坑道に鼻孔をくすぐる美味そうな香りが漂う。一度調査されて、危険が無いと解っているからこそ出来る芸当だ。

 金鉱までの道すがら、レーキが料理する機会はなかった。手持ちの食料を節約するために、街道上では持参した弁当を、金鉱のそばにあった町では食堂で食事をすませたのだ。

「一日一食でも温かいモノ食べたいじゃない? それが真っ暗闇の地下ならなおさらよ」

 それがネリネの持論らしい。それで保存食ばかりでなく、野菜類も荷物に加わったようだ。

「……うん。うん! これ、美味しい!」

「ああ、まあまあいけるな」

「……そうか。ありがとう」

 ネリネも横柄な護衛も、具沢山スープを気に入ったらしい。鍋いっぱいに作ったスープは、あっと言う間に三人の腹に収まった。

「……あー美味しかった! ポーターをあなたに決めたあたし、天才!」

 指をぱちんと鳴らして、ネリネは自画自賛する。レーキが鍋と食器を片付けている間に、横柄な護衛が「ネリネさん、今夜はこれから先へ進むんですかい?」と訊ねた。

「いいえ。今日は、ここで朝まで休むわ。遺跡まではもうちょっとだけど、疲れ過ぎちゃったら調査に支障が出るでしょ?」

「なるほど。了解です。それなら交代で火の番をした方が良さそうですね」

「そうね。最初はあたしでいい?」

「それじゃ次はオレで」

「ポーターさんは最後で大丈夫?」

「構わない。……それなら俺は先に休ませて貰う」

 調理器具を片付け終わったレーキは、焚き火に背を向けて、坑道に布を敷き横になった。布は厚手だったが、一枚だけで太刀打ちできるほど坑道は甘くない。岩盤が剥き出しの地面は固く冷たく、眠りに就くどころでは無い。目を閉じて羽を体に巻きつけるようにくるまると、地下の寒さも幾分和らいだが、眠気は一向にやってこなかった。

 横柄な護衛はしばらく起きてネリネに何か話しかけて居たようだったが、依頼人は素気ない調子で返していた。

 やがて横柄な護衛は疲れたのか、諦めたのか、レーキと同じように布を地面に敷いて横になった。

 ネリネは一人静かに焚き火を守っているようだ。そんな気配を背後に感じながら、レーキがウトウトと眠りのふち彷徨さまよっていた、その時。

「なにすんのよ?! このバ……っ!?」

「役得だよ……! や・く・と・く! 大声出すんじゃねえよ! あのクソポーターが起きるだろぉ!」

 ネリネが短い叫び声を上げた。レーキが振り向くと、横柄な護衛が依頼人を組み敷いて、右手でネリネの口を塞ごうとしている所だった。

「生意気なガキのクセによぉ……こんなクソつまんねー場所までオレを連れ回しやがって……! あんな報酬だけじゃ満足出来るわけねーだろぉ……!」

「……むーっ! むぐーっ!!」

 横柄な護衛は、剣を生業としているだけあって体格も恵まれている。ネリネは抵抗しているが、完全に身体の自由を奪われていた。

 レーキは身を起こし、静かに立ち上がった。

 横柄な護衛はネリネを押さえ込むのに夢中で、こちらに気付いていないようだ。

「……何をしている?」

 レーキの静かな問いに、横柄な護衛は驚いたのか、ばっと顔を上げた。

「……なんだ、起きちまったのかぁ? お前にも良い目を見させてやるからよぉ! そこで待ってろよ! クソポーター!」

 ポーターを職として選ぶ者は、戦闘に関する技に縁遠い者だと横柄な護衛は思い込んでいるのだろう。レーキが邪魔出来ないと決め込んで、こちらに背を向けた。

「……っやめろ! ばかっ! クソ野郎はてめーだっ! 放せっ!」

 男の腕が緩んだ隙をついて、ネリネは横柄な護衛を罵倒する。近づいてくるレーキを見つけて、「助けて! ポーターさん!」と彼女は叫んだ。

「『金縛りパラリーゾ』」

 レーキは横柄な護衛に向かって、在りし日の師匠が、自分や盗賊たちを押しとどめるのに使った天法を放った。剣を抜かれて依頼人や自分を傷つけられては堪らない。先手必勝だ。

 横柄な護衛は、指一本、自分の意思で動かせなくなった。師匠は『金縛り』を無詠唱で行使していたが、レーキはまだその域に達していない。

「……クソっ?! なんだ?! これっ?! 体が、うごかねぇ?!」

 狼狽うろたえる護衛をネリネの上から退かしてやると、彼女は素早く立ち上がり、自分を襲おうとした護衛に蹴りを食らわせる。 

 護衛は「ごふぅっ?!」とうめいてネリネを押さえ込んでいた姿勢のまま、坑道にころがった。

「……はぁはぁっ……ざまぁみろ! てめーはクビだ!」

 ネリネは元護衛に向かって、侮辱を表す指の形を作って突きつける。元護衛によって乱されていた胸元を整えながら、依頼人はレーキを振り向いた。

「……ポーターさん、ありがとう。あなた、天法が使える、の?」

「……ああ。一応、天法院を出ている」

 レーキは観念して真実を告げた。

「じゃあ、本職ってコトじゃない! 王珠おうじゆは? なんで黙ってたのよ!」

「天法士として働くつもりは無かったんだ。今回は緊急事態だったから、仕方なく……」

「ワケわかんない!」

 確かに、天法院まで出ているのに天法士として働くつもりがないとは、おかしなことだろう。

 天法士として『ギルド』で仕事を受ければ、ポーターとは比べものにならないほどの報酬が手に入ると言うのに。

「……とにかく、俺はポーターなんだ。これ以上、天法を使うつもりはない」

「解ったわよ! ……所で、コイツどうしよう……?」

 ネリネは横柄な元護衛を見下ろして、溜め息をついた。

「そうだな……とりあえずロープで縛っておくか?」

「そうね……それからちょっと休みましょ。あたし一睡もしてないし……ん?」


 グるるるぅ……! るるるっ……!


 何かが唸る声が遠く聞こえた。坑道の奥から複数の気配がこちらへ近づいてくる。

「……嘘?! なんで……?!」

 焚き火の灯りに写し出されたのは。狼や犬によく似た魔獣、トリュコス数頭の群れ。

 ネリネはその姿を認めて息を飲んだ。

 トリュコスは森林に多くむ魔獣で、群れを作り複数で狩りをする。生態も狼や犬によく似ていたが、その額には尖った角が三つ生えていた。牙も爪も鋭く、動作も素早い厄介な魔獣だ。

 焚き火を挟んで、四頭のトリュコスと向かい合う。魔獣はこちらの隙を窺って、姿勢を低くし唸り声を上げている。このままでは戦力が足りない。レーキは素早く横柄な元護衛の『金縛り』を解いた。

「……ひぃっ?!」

 元護衛はか細い悲鳴を上げて、身体が自由になると同時に跳ね起きると、剣をひっつかみ、こけつまろびつトリュコスがいない坑道に向かって走り出した。

「……あんの……バカ……っ」

 戦力にならぬ者を追いかけても仕方がない。ネリネは警戒を解かぬまま吐き捨て、レーキは両手をトリュコスの群れに向ける。

 ネリネは前を見据え、ウエストバッグから短めの山刀を取り出した。

 トリュコスは、じりじりと間合いを詰めてくる。

『赤』天法の『炎』は、この狭い坑道の中ではまずいだろう。『黒』天法の『水』は、光源である焚き火を消してしまう可能性がある。

 ならば。

「『金縛りパラリーゾ』!」

 まずは一頭。一番前に出ていたトリュコスを行動できなくする。同時に飛びだしてきた一頭にすかさず混色天法を叩き込む。

「『氷槍グラキ・ランケア』!」

 鋭く尖った氷の槍が、数本、トリュコスを捉えてそのわき腹に風穴を開ける。その衝撃で、坑道の壁に叩きつけられ一頭は絶命する。ネリネがあっと悲鳴を上げた。

「ポーターさん! 毛皮は高く売れる! 傷つけないで!」

「無茶言うな!」

 仲間が容易く無力化されたことに怯んだのか、残りの二頭はレーキたちから距離を置いた。彼らも諦めるつもりは無いのだろう、暗闇の中から低い唸り声が響く。これでは目標が定まらない。そこでレーキは一計を案じた。

「今から坑道を明るく照らす。それで奴らも驚くはずだ! 目を覆え!」

「解った!」

「……いくぞ! 『光球ルーモ』!」

 目を隠しながら、トリュコスが隠れた坑道に向かって大光量の『光球』を投げ込む。薄暗い坑道で、突然眩しい光をみた魔獣たちは怯んでいる。『光球』が消え去る前に、その姿がはっきり見えた。

「『氷塊撃グラキエース』! 『氷槍グラキ・ランケア』!」

 二頭のトリュコスそれぞれに向けて天法を放つ。『氷塊撃』を食らった一頭はぎゃんっと断末魔の悲鳴を上げて倒れた。『氷槍』は幾本かはトリュコスに刺さったが、残りはすんでの所でかわされた。そのままの勢いで最後のトリュコスがレーキに肉薄する。

 ──られる……!

 殺気を、死を、膚で感じる。思考が引き延ばされる。あの時、山の村で死にたくないと願ったあの時と、同じ。死は目の前にある。

 その瞬間。

「でりゃああああぁぁ……!」

 雄叫びと共に。ネリネがトリュコスの首筋に、山刀を叩き込んだ。

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