一点突破

 空も陸も埋め尽くしていたドラゴンも、もはやそこらに点々と孤立しているだけとなり、魔物たちがほとんど壊滅した頃。遺跡の方から人型の軍勢が怒号を響かせながら接近してきていた。

 同じように、たった4人の勇者たちが魔物の亡骸を踏み越えて敵軍に突き進んでいく。


「ほわ~~~あ。いっぱい寝たからげんきげんき!」


「向こうは単純な突撃で来てますけど……作戦はこのままで?」


「……」


 準備運動をするミアの傍で、ヘルミーナとシグルドが軽く作戦の確認をする。途中でノエリアが後ろを振り返った。


「マーレ、エルナ! 後ろ頼みましたわよ!」


「オッケー、気にせず暴れちゃって!」


「あいつらこっちに寄越さないでよ」


 戦闘態勢が整ったところで、全員の持つ<伝水晶>からトマスの号令がかけられた。


『作戦開始!!』


 間髪入れず、ミアとヘルミーナが飛び出した。防御と加速の補助魔法が発動し、2人は戦場にいる何よりも速く魔人たちの部隊へ一直線に駆けていく。


「ガキどもが来たぞ!! ぶっ殺せ!!」


 魔人の1人が荒々しく吠えると、魔術を使える者が炎や岩などを出現させて、小さな少女たち目掛けて集中砲火をする。


「<反射>」


 2人の前に透明な丸い壁が展開したかと思うと、飛んできた魔術をすべて跳ね返してしまう。ヘルミーナはその壁を盾にしたまま、ミアとともに足を休めず走行する。


 跳ね返された魔術は魔人たちのもとへ降り注ぎ、隙ができたところでミアが壁を飛び越えた。


「舐めんじゃねぇぞドチビが!!」


 ミアを捕まえようと魔人が手を伸ばしたが、その腕がザックリと切断され、ぼとりと落ちる。


「……は?」


 一瞬の後に首筋も裂かれて、血の噴水を舞い上げた。その男を足蹴にミアはもう一度跳躍し、両手の爪で魔人たちに斬撃を降らせる。1人が反撃に転じようと拳で少女を叩くが、防御魔法の効果で傷ひとつつかない。


「全員でかかれ!! ぶちのめせ!!」


 魔人たちが一斉にミアを狙って集まってくる。すかさずヘルミーナが間に入って、四角い箱のような防壁で自分たちを囲い込み、魔人たちを食い止めた。いきり立った魔人たちは防壁の箱に群がり、乱暴に叩き続ける。


「出てこいや!! ぶち壊した瞬間にとっ捕まえて、顔面めちゃくちゃになるくらい殴ってやる!!」


「まあ、お下品ですこと」


「あ?」


 燃え盛る炎の激流が群がる魔人たちを飲み込んでいったのは、その直後だった。一帯は瞬間的に地獄と化し、炎に纏わりつかれた魔人たちの悲鳴と叫喚が飛び交った。

 防壁に守られていたミアとヘルミーナは傷ひとつなく、火の海を拵えた魔法剣士を一瞥する。


「こっちまで燃えるかと思いましたよ」


「あなたの防壁がそう簡単に壊れるわけがありませんわ」


 ノエリアが自信たっぷりに言い放つ傍らで、運よく炎を逃れた魔人が脱出してきていた。ノエリアは剣を抜き、ヘルミーナは壁を取り払い、ミアは屈んで跳びかかる用意をする。が、まもなく逃げてきた魔人の頭部が1本の矢に貫かれた。


「ぎゃっ!?」


 どこからともなく飛んでくる矢が、1人、2人と立て続けに逃げ惑う魔人たちの急所を正確に射抜いていく。


「シグ、すっごーい!」


「どこから射ってるのか、私たちにもわかりませんね……」


「シグルドがわたくしたちに当てるわけがありませんわ。このまま行きますわよ!」


 余裕のできた3人は、勢いそのままに魔人たちを追撃にかかる。



 単独パーティで大勢の魔人を圧倒している光景は、本陣にいる者たちを驚かせるには十分だった。リーダーのトマスはどこか誇らしげに戦況を見守っている。


「見事なものだね」


 アルフレートも素直に感心した様子で、<スターエース>のあとの2人も彼らの戦いぶりに釘付けになっている。


「ていうか、敵弱すぎない?」


「そうかもな」


 皮肉っぽい調子で茶々を入れるロキをトマスは軽く流したが、にわかにいたずら小僧の仮面が剥がれ落ち、その顔が真剣みを帯びていく。


「これ、わざと負けるつもりなんじゃないの」


 余裕たっぷりに構えていたトマスも、その不意打ちに笑みを消した。


「……どういうことだ?」


「敵に戦術的な動きが見えない。ただ闇雲に突っ込んできてるだけじゃん? それに、魔人といっても大した魔術も使えなさそうな奴らばっかりだし……勝つ気があるように見えないんだよね」


「だとしても、わざと負けてどうするつもりだ?」


「ここにいる軍は陽動で、本当に強い魔族は魔界に控えてるんじゃないかな。その本命の軍で、<スターエース>を迎え撃つ計画……とか?」


 ロキがじっとりと最強勇者たちに視線を投げる。


「この侵攻自体が、<スターエース>を釣る餌だってのか……。確かに、魔界で戦ったほうが数も地の利も向こうに分がある」


 トマスも同じくアルフレートたちを注視する。彼らはそれほど動揺した素振りもなく、リーダーに至っては笑顔さえ浮かべた。


「構わない。俺たちは行くよ」


 わかりきっていたようにオーブリーがニヤリと歯を見せる。


「だよなぁ。どんな相手が来ようと、俺たちはぶちのめすだけだ」


「この間の戦いで敵の戦力も削れてるし、今がチャンスだもんね」


 ローラもやる気を込めるように握りこぶしを作り、3人の決意の固さをトマスたちに示した。


「気をつけなよ。魔王ってのは本当に、何やってくるかわからない奴だから」


「わかってる。ありがとう」


 ワッ、と戦場が湧き上がり、双眼鏡を構えたトマスの目にミアが敵指揮官を討ち取ったのが映った。


「出番だな」


 アルフレートが静かに剣を抜きそばめ、ゆっくりと前に出る。銀色の刀身が魔界への扉を差した瞬間、衝撃波が弾けると同時に3人が流星となって駆けていった。


「うおー、はっや!」


 風の余韻を浴びながら、ロキが手でひさしを作って彼らを見送る。

 3つの彗星は草を薙ぎ、魔物を吹き飛ばし、魔人を弾き返しながら、戦場を真っ二つに割くがごとく突進していく。


 そうしてほとんど一本道を走り抜けるみたいに、3人の勇者は遺跡の中へ消えていった。



  ◆



 遺跡の内部は不自然なほど誰もおらず、外の喧騒が嘘のように静寂に包まれていた。靴の音が古びた壁に反響する音だけを聞きながら、アルフレートたちは奥へ奥へと進んでいく。


 やがて広間のような場所に出ると、その中央で渦巻く漆黒の大穴が嫌でも目についた。人間界と魔界を繋ぐ門は、彼らを誘っているかのように待ち構えている。

 アルフレートは兜を脱いで、その黒い渦を見上げた。ここに飛び込めば、もう二度と帰ってこられないかもしれない。


『――怖くない、って言ったら嘘になるけど』


 ふと、そんな言葉が脳裏に蘇った。

 魔界へ旅立つ日を目前にしていたエリック・マスターズが、兄とともに食事に誘ってくれたときに聞いたものだ。


 魔界に行くのは怖くないか、とアルフレートが尋ねると、エリックはあまり深刻そうな顔は見せずにウーンと唸ってからそう言って、続けた。


『それよりも、こんな俺が魔王を倒す一歩手前まで来てるってのが、なんていうか……ワクワクする』


『……のん気だな、お前』


 兄のベルントは心底呆れたような顔をしていたが、エリックは一点の曇りもない笑顔だった。


『とぼけてるわけじゃないよ。勝てるって思えるから、あと少しで世界を救えるって思えるから、こんなにワクワクしてるんだ。俺たちは強いって、俺たちならやれるって信じてるからね』


 これが本物の勇者というものか――と、アルフレートは人生で最も深い感動を覚えたのだった。これほどの勇者は後にも先にも現れないのではないかと思ってしまうほど、彼は完成されていた。


 今、自分は彼と同じ場所に立っている。禍々しい黒の波紋を改めて見上げて、アルフレートはほとんど無意識に笑みを漏らした。


「俺たちならやれる」


 その確信は、両脇にいる頼もしい2人の仲間にも間違いなく伝わった。


「うん」


「当たり前だ」


 3人の勇者は、何の恐れにも捕らわれることもなく、黒い渦に飛び込んでいった。

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