ヒーロー見参
残された<ゼータ>4人とケヴィンたちの5人は、三手に分かれて遺跡の仕掛けを解くことにした。
ゼクはケヴィンとその仲間のウサギの女とともに、右奥の部屋に入っていた。そこは床一面チェスボードのように正方形のマスが並んでおり、その向こうに地下へ行く鍵となるメダルのはめ込まれた台座が見える。
間違ったマスを踏むと罠が作動する仕組みなのだろうと、ウサギの女が床を叩いたり耳を当てたりしながら調べている。
「あのお嬢ちゃん、魔族にも気に入られてんのかい」
ケヴィンが仲間を見守りながらゼクに話しかける。
この遺跡にはおそらく敵の魔人もどこかにいて、罠を操ってエステルを落とし穴に引きずり込んだのではないか、とマリオは推測していた。
その魔人はヨアシュの部下で、狙いがエステルならば簡単に殺しはしないだろう、とも。
「……魔族の中でも結構な大物が、街に入り込んでる」
「そいつぁ本当か?」
「ああ。俺が直接宣戦布告を受けたからな」
あの雨の降りしきる暗い場所でヨアシュと対峙したことを思い出すと、怒りがこみ上げてくる。
「あんたほど強ぇと、敵の大物にも目ぇつけられるんだな」
本当はゼクの出生の問題なのだが、そんなことは当然言えるわけもなく、ただ黙っているしかなかった。
だいたい調べ終わったらしいウサギの女が手招きしてきたので、ゼクとケヴィンも彼女に続いた。
「変なとこ踏まないでよ」
ウサギの女がゼクに警告する。つっけんどんな言い方は、彼女がまだ完全に気を許したわけではないことを物語っていた。
複雑な道筋を辿って無事台座に到達し、ゼクがメダルを引っぺがすと、ゴゴゴッ、と部屋全体が短く振動した。
揺れが収まったところで、またウサギの女を先頭に来た道を戻っていく。
そこで、彼女が踏んだ床がガコッと沈んだ。
「え?」
天井から蛇のように降りかかってきたロープがその首に巻き付き、もの凄い力で上に引っ張ろうとする。あと少しで首の骨が折れるというところで、ゼクがロープをがしっと掴み、その勢いを止める。
それでも女の足はわずかに地面から離れており、ロープが容赦なく首を締め上げる。
「くっ……う……」
縛られた喉から苦痛の声が漏れる。ドワーフの背丈では手が届かないため、ケヴィンは仲間の身体を支えておくことしかできない。
「こんの……うおらぁっ!!」
遺跡の装置に1人で立ち向かうゼクは、業を煮やしてロープに噛みついた。
両腕と顎にあらん限りの力をこめ、華奢な獣人の命を奪わんとするその縄に全力で抗う。
ロープはじわじわと細くなり、亀裂が入り、糸のようになって――ブチッと音を立てて弾けるように引きちぎれた。
その反動で他のマスを踏まないよう、ゼクはウサギの女の身体を支えながら踏みとどまる。
「ごほごほっ!! ……はぁっ」
「大丈夫か!?」
「ええ……」
ケヴィンは心配そうに咳き込む仲間の顔を覗き込む。大事には至らなかったようで、すぐに自分の足で立ち上がった。
「……ありがとう」
彼女は命の恩人に感謝を伝えるが、当のゼクは知らんふりをするように目を反らし、話題を変えた。
「それよりどういうこった? さっきここを通ったときは何ともなかったじゃねぇか」
「ここが揺れたときに、罠の位置が変わったのかもしれねぇな」
ケヴィンの意見を受けて、帰りもウサギの女が慎重に床をチェックしながら入り口まで戻った。
あの広い部屋に再び出ると、ちょうど仕掛けを解いてきたらしい仲間たちが揃っていた。
「よお、どうだった。随分シケたツラしてるが」
ケヴィンがなぜか浮かない顔をしている仲間の1人に声をかける。
「……自分より有能な人間を見ると、落ち込むでしょう? 特に……それが年下だったときは」
同行していたマリオとヤーラのほうを視線で示しながらそう言い、ケヴィンもゼクも察しがついたように小さく頷いた。
一方で、別の仲間の男2人はニタニタと鼻の下を伸ばしながらロゼールを囲んでいる。
「いやぁ、さすがっすよロゼールさぁん。どうやったらそんなすげぇ氷魔法が使えるんです?」
「疲れてねぇかい? よければ、俺がマッサージしてやるぜ?」
「どうもありがとう。でも、今は早くうちのリーダーとあのお馬鹿さんを助けないと」
ケヴィンの仲間たちも<ゼータ>への敵愾心は完全になくなったようで、ロゼールに至ってはすっかり魅了してしまっている。
残るはエステルとスレインを見つけ、この遺跡に潜む魔人を退けることだけだ。
手に入れた4つのメダルを、それぞれ台座の窪みにはめ込む。
ゴゴゴ、と遺跡は大きく揺れ、中央にあった地下への道を封じていた円形の蓋が開かれる。
揺れが止むと、底の見えない螺旋階段が姿を現した。
「行くぞ」
ゼクの掛け声で、全員がその階段に足を踏み入れる。
◇
この暗さでもわかる紺色の肌。顔はよく見えないが、ツノのシルエットがうっすらと見える。私とスレインさんの前に現れたのは、間違いなく――
「魔人か」
スレインさんはその影に低い声を放つ。
魔人は返事するでもなく、ゆっくりと屈みこんで地面に手を当て、ぽつりと呟いた。
「俺が何かって……?」
カッ、とまばゆい光が辺りを照らし、その男の姿が鮮明になった。
立ち上がったその全貌を見れば、炎のように逆立てた髪に何とも言えない奇抜な服装。妙に自信に満ち溢れた顔で、開口一番にとんでもないことを言い放った。
「俺は、ヒーローだ!!」
ぐっと親指で自分を指してそう自称する男に、私は思考も感情もすべてふっ飛ばされてしまった。
なにこの人。
「ヒーロー、というのが君の名前か?」
「名前はヘロデだ。だが、俺という存在を一言で表すのなら、『ヒーロー』という表現がもっともふさわしい!!」
魔人にもこんな変なのがいるんだなぁ、と妙に感心してしまう。
ヘロデと名乗った彼は、私たちを置き去りにして話を続ける。
「さて、俺がヒーローなのはもうわかったと思うが……ヒーローには当然ヒロインが必要だ。そうだろう? そして、この場にヒロインとしてぴったりな人間がいる。そうだろう!!」
ヘロデのぎらついた眼差しは明らかに私に向けられていて、もう理解が追いつかなくなって困惑してしまった。
「そのヒロインを落とし穴に引きずり込んで、あやうく死なせようとするのがヒーローのやることとはな」
スレインさんは目の前の変人にも臆することなく、逆に皮肉をぶつける。ヘロデは怒るでもなく、ぽかんとしている。
「……人間って、こんな高さでも死ぬんだっけ? まあ、いいや。か弱いほうがヒロインらしくていいじゃねぇか!! よーし、悪党! 俺がテメェをぶっ倒して、ヒロインを救ってやるぜ!!」
ヘロデはぐっと拳を構え、スレインさんは低い姿勢で剣の柄を握りしめている。私は邪魔にならないよう急いで後ろに下がった。
「行くぜ!!」
威勢のいい掛け声を発し、ヘロデは地面を蹴って真っすぐ突っ込んできた。
「ジャッジメント・ブロォォ――ッ!!!」
謎の絶叫とともに突き出された拳が空を切ったのと同時、スレインさんはいつの間にかヘロデの懐に潜り込んでいて、抜刀された剣筋がアーチを描いて魔人の身体を斬りつける。
が、傷は浅かったようでヘロデはすぐ体勢を立て直し、いったん間合いを取る。
「野郎……これならどうだ! シャイニング・ストォォ――ム!!!」
今度は激しいラッシュを繰り出すが、スレインさんは素早く最小限の動きで1つ1つかわしている。
最後にヘロデが大振りの攻撃を放つと、ひらりと避けた体勢のままスレインさんは綺麗にカウンターを決める。
「クソ、ちょろちょろしやがって!!」
たぶん、というか確実に……ヘロデはあの変な技名みたいなのを叫ばなければ、あそこまで隙ができることはないと思う。
スレインさんはまず回避に徹し、その隙を見つけてはすかさず反撃している。
一見すればこちらが有利だけど――なんとなく、いつもよりスレインさんの動きが悪いような気がする。
「楽になった」と言っていたがやっぱり万全ではなくて、まだ落ちたときの傷が響いているのかもしれない。
一方的に斬られているとはいえそこまでダメージがないのか、ヘロデはまだまだ元気なようで、勢いをつけて飛び上がり、次の技を放つ。
「食らえッ!! シューティング・スタァァ――ッ!!!」
名前通り流星のような飛び蹴りに、スレインさんはあえて前進し――突っ込んでくる脚の勢いを利用してそこに刃を食いこませた。
深く裂かれた肉から、大量の血が飛び散る。
「いっ、いでぇぇ――ッ!!」
そのまま床に転がって膝をついたものの、ヘロデは戦意を失っていない。
「くっ……!! やるじゃねぇか。だが、ヒーローは諦めないぜ!!」
スレインさんは片足の自由を奪われたヘロデに、容赦なくトドメを刺しにかかる。
そこで、床に敷き詰められた石が輝きを増した。
私もスレインさんも、はっとした。
「ジャスティス・レイ!!」
一列に並ぶ光から放たれた光線が、一斉にスレインさんに襲い掛かった。
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