暗黒街の歩き方
昨夜から降り続いている雨は、勢いが弱まっているとはいえ、まだこの街を等しく濡らし続けている。
協会にはろくな雨の用意がなく、私とスレインさん、ゼクさんと狐さんで1本ずつ傘を共有しながら、湿った大通りを歩いていた。
マリオさんとヤーラ君は事件の発生現場を調べることになって、ロゼールさんは眠いからと宿舎に戻ってしまった。私たち4人は街で聞き込みだ。
行先はここの地理に明るい狐さんに一任していて、まず彼が選んだのは、行きつけだという年季の入った酒場だった。
ギィィ、と軋む古びた木のドアを押し開けると、閑散とした店内奥のカウンターに、背の低い――おそらくドワーフの、中年の女性がぽつんとグラスを磨いていた。
私たちに気づいたらしいその女性は、ゆっくりと視線を私たちに移し、静かに口を開く。
「あら……狐がこんなにお友達をつれてくるなんてね。可愛らしいお嬢さんまで……。ダメよ、こんな悪い男に騙されちゃ」
「人聞きが悪いぜ、ママ。残念ながら、今日は飲みに来たわけじゃねぇんだ。ちょいと、観光案内をね」
ママさんは私の腕章をじっと見つめ、何かを察したように溜息をついた。
「ああ……狐、勇者協会に転がり込んでるんだったわね。そう。そんな恐ろしい人たちの反感を買うなんて御免だわ。用が済んだら出ていってちょうだい」
どうやら私たちは、この街の人々の間で恐れられる存在になってしまっているらしい。まあ、あんなに大暴れしたんだから、それも無理はないか……。
あまり私たちへの印象はよくないようで、スレインさんが間に入って取りなしてくれた。
「マダム。我々は無闇に騒ぎを起こしたりしない。この街やギャングのことを知りたいだけなんだ」
「そう。じゃあ、何を注文してくれるのかしら」
「……アルコールの入っていないものはあるか」
ママさんはクスリと笑って、お湯を沸かしつつ茶葉を用意している。
「俺は酒でも構わねぇぜ」
「ゼクさん、昨晩も飲んでたじゃないですか」
カウンターに横一列に並んで座る私たちの前に、ママさんが用意してくれた飲み物が並べられる。
ゼクさんは朝食の量に満足いかなかったのか、大きな骨付き肉に信じられない量のタバスコをかけて齧りついている。狐さんは……こんな早い時間なのに、ラム酒の瓶をあおっている。
「<ウェスタン・ギャング>についてなら――まずは『絵札』のことを知っておいたほうがいいわね」
「『絵札』って、トランプですか?」
「そう。全体のボス『キング』、2番手の腹心『ジャック』。それから、組織のブレーンで研究者の『クイーン』」
「その『キング』ってのが殺されてんだろ?」
ゼクさんは本当に遠慮がない。ママさんは溜息を交えて答える。
「そういう話は迂闊に口にしないことね。ただ、『クイーン』のほうは――数年前から行方をくらませてしまっているけれど」
「仮にその『絵札』の3人がいなくなったら、誰が組織の舵取りをするんだ?」
スレインさんはあえて遠回しに言葉を選んでいる。要するに、今のボス代理は誰かということだろう。
「……地位でいえば、<ウェスタン・ギャング>で最も腕の立つ『エース』かしら。滅多に表に出ないけれど、気をつけたほうがいいわ。喧嘩になったら、相手を再起不能になるまで叩きのめす血の気の多い奴よ。五体満足で帰れた人間はいないとか」
「へっ、俺なら返り討ちにしてやるけどな」
会ってもいないのに、ゼクさんはやる気満々だ。私はそんな暴力的な人とは出会いたくもない。
「目立って取り仕切ってるのは『青犬』の坊やね。彼はこの街で数少ない常識人よ。ただ――兄の『赤犬』のほうは『エース』と同類で凶暴な男だから、こっちも注意が必要ね」
あの荒っぽそうに見えて信義に厚そうな青犬さんに、そんなお兄さんがいるんだ……。本当に、最初に会ったのが青犬さんでよかった。
「それで、最後に要注意なのが……適当な誰かを連れ込んでは酒場に入り浸って、大して飲めもしないくせにガバガバお酒あおって、結局連れに迷惑をかけていく借金まみれの男」
私たちが一斉に横を見ると、もうすでに吐きそうになっている狐さんの姿があった。
「……ざっけんじゃねぇ――ッ!! このクソ狐、こんなとこで酔い潰れたらぶん殴る!!」
ゼクさんが狐さんの首根っこを引っ掴んで急いで外に連れ出し、スレインさんが呆れながらもママさんに礼を言って支払いを済ませた。
◇
案内役の狐さんがさっそくダウンしてしまったので、彼の世話をゼクさんに任せ、私とスレインさんは店の外で2人が帰ってくるのを待っていた。
ふと、向かいの軒先で雨宿りをしている少年と目が合う。ニット帽を被った10代半ばほどの、少女と見紛うほどの美しい顔立ちをした彼は、ニコッと笑ってこちらに近づいてきた。
「こんにちは、お姉さん方。暇なら僕と遊ばない?」
「あ……ごめん。私たち、暇ってわけじゃ――」
「今なら安くしておくよ」
「え、お金取るの?」
そこで、スレインさんが間に入った。
「少年。我々は遊んでいる時間も金もない」
「なんだ、残念。お姉さんたち、協会の人だよね。ギャングの話聞きたがってるって本当?」
「知ってるのか」
「僕、そっちに出入り多いから結構詳しいよ。でも払うお金がないんじゃ、仕方ないかな~」
私とスレインさんは顔を見合わせる。私が苦笑いすると、スレインさんも溜息をつき、軽く頷いた。
「わかった」
「まいどっ。確か、シルバーさんが殺されちゃった件を追ってるんだっけ?」
「シルバーというのがギャングの古株の男か」
「そうそう。いいお爺ちゃんだったよ。『絵札』の人たちとも仲良かったし」
「『絵札』は組織の中枢の3人を指すんだったな。だが……ボスの『キング』も殺されているんだろう?」
「そこから先は、別料金ですよー?」
狐さんはこの話を嫌がっていたけれど、ニット帽の少年は怯えている様子はまったくない。
スレインさんが支払いの意志を伝えると、少年はまたニコッと笑って、声を潜めた。
「キングはジャックに殺された。裏でドクター・クイーンが糸を引いてるって噂」
「……クイーンというのは、研究者だったな」
「そうそう、結構頭のおかしい人みたいで。ここ数年行方不明だったんだけど、密かにヤバイ薬作って、それをジャックに盛ったんじゃないかって」
おかしな証言をしてギャングを殺した人たちが、薬のせいでそうなったとも考えられるんだ。だとしたら、そこに魔族が介入しているかどうかはわからない。
「『絵札』の3人がいなくなって、実質一番上にいるのが『エース』なんだろう?」
「ああ。でもあの人、大きな抗争のときとかにしか出てこないから。何か用事があったら、『赤犬と青犬』の弟のほうに取り次ぐといいよ」
「青犬さんなら、もう知り合いだよ」
「それはよかった。間違っても兄の『赤犬』には近寄らないほうがいいよ。話の通じない暴れん坊だから」
ママさんにも言われたけど、そんなに危ない人なんだ……。「最果ての街」らしいというかなんというか……。
ちょうどそこに、ふらふらになりながらもなんとか歩いている狐さんと、苛立たしげに眉間に皺を寄せて肩を貸しているゼクさんが戻ってきて、私たちはニット帽の少年と別れた。
◆
黒い傘の向こうに軒下で雨宿りをする見知った顔を見つけて、青犬は足を止めた。
「……何やってんだ?」
「女の子引っかけてたの」
あっけらかんとした物言いに、青犬は深く嘆息を漏らす。言っても無駄だろうとわかっていながら、それでもたしなめずにはいられないといった呆れ顔で、青犬はニット帽の下の笑顔を見つめる。
「だから、男娼みてぇな真似はやめろっていつも言ってるだろ、兄貴!」
聞き慣れた文句をからから笑って流した少年――赤犬は、ニット帽を脱いで尖った耳と燃えるように赤い髪を晒した。
「ナンパじゃなくってさぁ。今日はお前が言ってた協会の支部長さんとお話したんだ」
「なっ!? あんまり関わるなよ、面倒事になる」
「大丈夫、僕には気をつけろって言ったから。キングたちの事件調べてくれてるみたいだし、この際任せちゃおうよ」
青犬はぐしゃっと髪をかき上げる。あまりにも軽々しい兄の態度は心配だが、彼が言うことも一理ある。
「……『あの人』はなんて? 許し貰ってんのか?」
「別に何も。まあ、怒られたりしないって」
赤犬はまた、からりと笑う。
「だって、『あの人』も勇者協会に潜り込んでるんでしょ?」
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