お茶会
『クエストを交換する話が敵側に漏れたって話をしたよね』
ロキさんは診療所でそう切り出した。<EXストラテジー>に裏切り者がいるかもしれない、と告げた後に。
『その話をしたのは、双方のパーティとオーランド・ドナートだけだ。クエストの内容まで知られてたから、故意でしかありえない』
『ドナート課長は、違いますよね?』
『実は真っ先に疑った。けど、敵側との接触はなかったから、限りなくシロ。で、そこの殺し屋くんとロゼールがいる君らの中に内通者がいるとは考えられない。残るは――』
『トマスさんたちの中に……?』
『その可能性が高い』
信じられなかった。私は<EXストラテジー>の全員と話して、悪い人なんて一人もいないと実感していた。今でもそれは変わらない。
『……でも、最初に会ったとき、ロゼールさんもマリオさんも裏切り者はいないって』
『後から寝返ったのかもしれない』
そう言われると、反論できない。最初のクエスト以来、トマスさんたちにはあまり会っていなかったから。
それでも――と異を唱えようとする前に、ロキさんに遮られてしまった。
『人間なんて、簡単に変わるものさ。誰だってね』
◇
会議が終わって帰路につく道すがら、以前ロゼールさんに、私は天変地異が起こっても人を疑えないと言われたのを思い出す。
けれど、ああ言われては気になってしまうのも事実だ。
せめてロゼールさんが、向こうのメンバーの人たちにうまく接触できたら――
「あら、エステルちゃん」
ちょうどその本人の声が聞こえて、一瞬幻聴かと思った。
だけど、その声の主はもちろんそこに――喫茶店の外のテーブル席に腰掛けている。会議をサボってお茶をしていたらしい。
しかも、1人ではなかった。
「あら、お姉様に認められた名誉あるリーダーさんではありませんの」
「こっ……こんにちは」
なんというタイミングだろう。同じテーブルを囲んでいたのは、ノエリアさんとヘルミーナさんだった。
「あ、えーと……」
「くだらない会議は終わったのねぇ。ちょうどいいわ。一緒にお茶しましょう?」
返事をする暇もなく、私はロゼールさんに腕を引かれて椅子に座らされてしまった。
何の心の準備もなく、裏切り者かもしれない人たちと面と向かって話すことになってしまうなんて。いや、「裏切り者」なんて失礼か。
「ロゼールさん、会議のほうなんですけど――」
「スレインのお兄さんが上手に立ち回って、ついでに妹を2、3回いじって終了。そうでしょう?」
「あっ……はい」
「何ならあの子、お兄さんにいじられて嬉しそうにしてたでしょう」
どうだったか覚えていないけれど、ロゼールさんが言うならそうだったかもしれないと思ってしまう。ここまで予測できてるのなら、彼女が会議に参加する必要は本当になかったんだろうな。
「まったくあの皇子ときたら、突然わたくしたちに『会議に来るな』などと……。まあ、そのお陰でお姉様とこうして深く語らえる素晴らしい機会を得たのですけれど」
トマスさんは、唯一信用できるミアちゃん以外は同席させなかった。それも仕方のないことだと思う。
「何の話をしてたんですか?」
「それはもう! 情熱的な愛と友情の語らいですわ!」
ノエリアさんの抽象的な表現ではよくわからなかったけれど、ヘルミーナさんが顔を赤らめてうつむいているのを見て、ピンときた。
「言っても無駄なのは百も承知だけれどね。あの人形男は、人間なんかみんな自律移動する肉の塊くらいにしか思ってないのよ。諦めたほうが手っ取り早いわ。……まあ、言っても無駄でしょうけど」
「お姉様がお嫌いになっている方とはいえ、ヘルミーナの想い人とあれば、わたくしは全身全霊応援いたしますわよ」
「あっ……りがとうございます……」
要するに、恋バナ。ヘルミーナさんの。
「まあ……その代わり、あいつは人の言うことは馬鹿正直に聞いてくれるから。好きなようにするといいわ」
「でっ……でも、私、あの……う、上手く喋れなくて。あの人の、前だと……」
「別に、上手く話す必要なんてないわよ」
「え……」
「あいつは『何を話すか』には気を払うけれど、『どう話すか』なんて微塵も気にしないわ。嘘をついているかいないかの参考にするだけ。とりあえず言いたいことを伝えてみなさい? 聞きはするから」
「……」
ヘルミーナさんはそんなこと考えもしなかったというように、はっと目を丸めている。
「お嫌いな方であってもそこまで深く理解されてらっしゃるなんて、さすがはお姉様ですわ」
「わかるから嫌なのよ」
ノエリアさんの言う通り、私も感心してしまう。
当のロゼールさんは本当に嫌そうに長い髪を指でくるくるともてあそびながら、ため息をついて――ふと、思い出したように手を止めた。
「そうそう。ヘルミーナちゃん」
「は、はい」
「――あなたの本当の望みは、叶わないと思ったほうがいいわ」
その瞳は、時を凍らせる。
ヘルミーナさんの、「本当の望み」――以前私と話したときにぽつりと呟いた、悲しい願望。
ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま、ヘルミーナさんは苦い表情で俯いている。
「落ち込むことはなくってよ、ヘルミーナ! 愛とは一朝一夕で完成するものではありませんもの。時間をかけて、少しずつ育んでいくからこそ素晴らしいのですわ!」
「そうねぇ、頼めば手くらいは繋いでくれるんじゃないかしら」
励ましの言葉をかけられても、下を向いたままだ。
だから、私は――
「……!」
つい、びっくりさせてしまった。
なぜかわからないけれど、私はヘルミーナさんの手を握っていた。
「あっ、ごめんなさい。私じゃ、意味ないよね」
「いえ……。――モーリスは、もっと手が冷たかったなぁ、って……」
「ああ、わかる」
マリオさんと握手をしたときのひやりとした感触を思い出す。ヘルミーナさんの手は、ずっと温かかった。
「エステルちゃんって、ときどき大胆よねぇ」
「そ、そうですか?」
クスクス笑いながら私を見ていたロゼールさんは、何かを思い出したように「そういえば」と呟いて、ノエリアさんとヘルミーナさんのほうに向き直った。
「あなたたち、皇子様を裏切ったりしてないわよね?」
私が一番ドキッとした。
裏切り者がいるかもしれない、ということはまだロゼールさんには伝えていないのに。彼女のほうが大胆じゃないかと思う。
「まあ! わたくしはお姉様に絶対服従ですから、お姉様があの皇子の味方でいらっしゃる限り、それはありえませんわね」
「皇子様を裏切る、なんて……。そういう話が、あるんですか……?」
「そうねぇ。エステルちゃんが気にしてたのって、このことじゃないの?」
「え? あ……はい」
「少なくとも、この2人じゃなさそうよ」
よかった、と安心すると同時に、本当にロゼールさんには敵わないなぁと呆気にとられるばかりだった。
でも、この2人でないとすれば? トマスさんやミアちゃんを除けば、後は――
そう考えたところで、<伝水晶>でヤーラ君から連絡があった。
それは、ロキさんが不穏な動きをしてるかもしれない、という知らせだった。
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