笑顔の下の戦争
『<ゼータ>のリーダーに手を出して、無事で済んだ者はいない』――なんて、レミーさんがそんな話を広めるみたいなことを冗談で言っていたけど、まさかアルフレートさんにまで伝わってたの?
「にゃははは!! よーくわかった。にゃあ、そこの強そうなあんちゃんよぅ」
「あ?」
グラント将軍に呼びかけられたゼクさんが、ぶっきらぼうに応える。ちょっと、相手はすごく偉い人なんですよ……。
「おみゃあさん、きっとオレとおんなしタイプだ。ついていきてぇ奴は選ぶ。そうだにゃあ? おみゃあさんみてぇにゃのに気に入られるってこたァ、そこのお嬢さんはホンモノにゃんだろうよ。にゃっ!」
「あ……ありがとうございます」
グラント将軍に満面の笑みを向けられて、今度は照れくさくなってしまった。ゼクさんもふいっと顔を背けてしまったけど、さっきよりも表情は柔らかい。
でも、こうして見ると本当にミアちゃんと親子なんだろうなって思う。屈託のない、太陽みたいに明るい笑顔。つられて私も顔が綻ぶ。
「アルフレート殿に加え、グラント閣下のお眼鏡にかなうとあらば、よほど期待できましょうな」
ヴコール将軍は仮面のような微笑みをたたえている。
「この私も<ゼータ>を買っている一人ですよ、ヴコール閣下」
「ラルカン殿。それは貴殿の妹君がおられるからではないですか?」
「バレましたか」
「……兄上、お戯れを」
本当は敵同士であるはずのラルカンさんとヴコール将軍も、表面上は和やかに話しているように見える。スレインさんも厳しい顔を崩さず……いや、よく見るとお兄さんに褒められてちょっと嬉しそう。
「話を戻しましょう。敵がゲートを自在に使える、というのは信じがたい話だが……小さいものなら、宮殿内に直接魔族を送り込む、というのは数が限られる。本命はもう1人の魔人の術で、魔物の大軍を帝都に送ってくる、と考えたほうがよろしいでしょう」
「魔物ならば我々勇者にお任せを。すでに高ランクパーティを中心に声をかけ、帝都に残らせています」
いつの間にアルフレートさんはそこまで準備していたんだろう。
「では<ゼータ>も、アルフレート君たちとともに魔族に対処してもらおう」
「は、はいっ」
「ただ、トマス皇子殿下の<EXストラテジー>は宮殿内におられたほうがよろしいでしょう。殿下の身を危険に晒すわけにはいきません」
「……」
「殿下?」
「! ……ああ、そうだな」
さっきから、トマスさんはずっと無言で考え込んでいて、心ここにあらずといった様子だった。
……無理もないな、と思う。
「ミア、しっかり皇子さんをお守りするんだぞぅ!!」
「うにゃうにゃ……」
「にゃはははは!!」
のん気な親子は和やかに戯れていて、なんならミアちゃんは会議が退屈なのか、ほとんど寝てしまっている。
「それで、宮殿の防衛はおもに我々近衛騎士団、グラント閣下およびヴコール閣下の軍が務めるわけだが――スレイン」
「はっ」
「お前なら、この3つの軍をどう配置する?」
宮殿は分厚い城壁に囲まれていて、側面や背後は深い堀となっていて侵入は難しいそうだ。
敵は正面から攻めてくる可能性が高く、そこをどう守るかというのが議論の主題みたいなんだけど……ラルカンさんはときどきこうやってスレインさんを試しているのだろう。教育熱心というのかな……?
「そうですね。総大将をお務めになる皇帝陛下のいらっしゃる本陣は、当然兄上ら近衛騎士団。防衛の要である正面側の城壁は、東側にヴコール将軍、西側にグラント将軍といった形が定石かと」
スレインさんは宮殿の地図に3つの軍を示す駒を置きながら説明する。当事者の将軍2人も含め、周りはうんうんと頷いている。
が、ラルカンさんは違った。
「だめだ。2点」
「……理由をお伺いしても?」
「それじゃ、面白くない」
私たちがきょとんとしていると、ラルカンさんはいたずらっ子のような笑みを浮かべて、2つの駒を入れ替えた。
「近衛騎士団とヴコール将軍の位置が逆だ」
ぎょっとした。
素人の私でもわかる。魔族派のヴコール将軍をよりによって皇帝陛下の傍に置くなんて……。
そんな考えを見透かしているかのように、ラルカンさんは私を一瞥した。
「面白くない以外の理由も話しましょうか。恥ずかしながら、我々近衛騎士団には魔族側に通じている不届き者が紛れているようなのです。とても陛下の護衛など務まりません」
「しかし兄上、それには対処したと――」
「近衛騎士が何人いると思ってるんだ。裏切り者を完全にゼロにすることなどできない。ぱっと見ただけで裏切っているかどうかわかる天才でもいれば話は別だが」
私もスレインさんも、たぶんその「天才」を思い浮かべている。
「ちなみにさっきの2点は陣形のぶんだが、こんなのは子供でも思いつく。よってお前は子供だ」
「……申し訳ありません」
ラルカンさんは叱っているのかからかっているのか……。
「スレインの兄貴よぉ」
ゼクさんの乱暴な口調に、スレインさんがぴくりと眉をひそめる。彼は構わず続ける。
「そこのジジイも魔族派で、皇帝ぶっ殺すつもりだったらどうすんだよ」
すっ……ストレートすぎますよっ!! ゼクさん!!
「この者の無礼な発言をお許しください、ヴコール将軍閣下」
「お気になさらず、スレイン殿。ご指摘はもっともです。不安ならば、我々とグラント閣下を入れ替えてもよろしいのでは?」
「ご冗談を。グラント閣下がここにいらしては、宮殿が瓦礫の山になってしまいます」
「おお、失念しておりました」
ラルカンさんの話を聞くに、グラント将軍は建物を破壊しちゃうくらい大暴れするタイプなのかもしれない。そんなふうには見えない気さくなおじさんは、照れ笑いをしている。
「それに、ヴコール閣下がこの状況で皇族方を襲撃するなどという愚を犯すはずがない」
……どういうことだろう。ラルカンさんだって、スレインさんからヴコール将軍が魔族と通じていることを聞いているはずなのに。
「――なるほど」
トマスさんが、何かに気づいたようにぽつりと呟く。
「もし、ヴコール将軍が俺たちに何かしても――」
「ええ、殿下。万に1つ何かあれば、真っ先に我々近衛騎士団とグラント閣下が駆けつけられます」
ああ、そうか!
ここでヴコール将軍が事を起こしたとしても、ラルカンさんとグラント将軍が挟み撃ちにできる。ヴコール将軍は袋のねずみになってしまうんだ。
「お気を悪くされないよう、ヴコール閣下。裏を返せば、すぐに我々が助けに向かえるということです」
「それはそれは頼もしいですな、ラルカン殿」
ついさっきまで和やかに会話していた2人が、作り笑顔で火花を散らせているように見えた。
マリオさんの言う通り、ラルカンさんは敵に回したくない人だ。それがよくわかった気がする。
ともあれ、これでヴコール将軍を封じ込めることはできたと思う。残る問題は――そう。トマスさんをずっと悩ませているであろう問題は、1つ。
ロキさんは、診療所で私たちに警告した。
『<EXストラテジー>の中に、裏切り者がいるかもしれない』
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