約束

 あのパレードの日に引けを取らぬくらい、帝都の喧騒ぶりは凄まじかった。


 霧の魔物の巨体が荷台に乗せられて、大勢の人間に担がれながら都の門を通り抜ける。その大きさはもちろん、腹にでかでかと刻まれた傷痕が、人々に衝撃を与えた。


「あれが、トマス皇子が倒したっていう新種の魔物か!」


「なんて大きさだ!!」「あんなの、どうやって勝ったの?」


「見ろ、あの傷!」「人間業じゃねぇ!!」


 四方八方から驚嘆と称賛の声が聞こえるのは、トマスにとって悪くない気分だった。

 先に帝都に戻ったロキが、騒ぎになるようあらかじめ噂を広めておいたお陰もあるだろうが。



 例の巨人だが、そのまま協会の建物に運びこむには大きすぎる――ということで、協会専属の錬金術師が帝都の広場で身柄を引き受けることになっている。錬金術では、生命のないものを魔力に変換して持ち運ぶ術があるのだとか。


「はぁ……。そのデカブツが依頼の品ってことでいいのかしら」


 カミルという錬金術師は女のような喋り方で、煙草をふかしながら面倒くさそうに確認する。


「ああ。今までに例のない正真正銘の新種だ」


「あんたが噂の皇子様?」


「……どんな噂かは知らんが、そうだな」


 カミルはやや同情的な視線をトマスに向ける。


「ロキとパーティ組むだなんて史上最悪の罰ゲームをさせられてるんでしょう? お気の毒に。隙があったら後ろから刺しなさいな」


 想定していたのとは別の方向の話で、トマスは気が抜けると同時にそこまで恨みを買っているロキが少し心配になる。


「それより今はこっちだ。この厄介な新種の解析を早くしてやらないと、またこんなのが出たら――」


「新種? 冗談じゃないわ。こんなの魔物じゃないわよ」


「……何?」


 錬金術師としての腕は確かであるカミルは、軽く触れただけのその巨人の正体をすでに見抜いていたらしかった。



「これは人工的につくられた化物、ホムンクルスと似たようなもんよ。どこの誰がこさえた代物かは知らないけどね……」



  ◆



 トマスの向かいに座る神経質そうな職員の男が、クエスト完了の報告書を確認し、四角い眼鏡をクイッと上げる。


 両脇にはずらりと並んだデスクと、そこで慌ただしく手続きをする職員たちや勇者たち。管理職クラスの彼がわざわざ応対してくれたのは、人手不足か、それともロキが手回しでもしたのか。


「『草原の魔物の討伐』――<EXストラテジー>が達成、ということで問題ないな。ただ対象が新種だというから、クエストのランク設定が改められるかもしれん。魔物の解析を待ってから、だな」


「わかった」


 カミルはホムンクルスのようなものと言っていたが、それでどのような評価が下されるかはわからない。

 ともかく、報告書に判が押されれば無事リーダーとしての務めは完了、というところだったが――


「ちょっと待ちたまえ」


 怒りを含んだようなその声に振り向くと、トマスにとって会いたくない人間の顔が見えた。


「なぜ君たちが単独で達成したことになっているんだい? あの場には僕たちもいたはずで、君に嘘を吹き込まれて手柄を横取りされたんだ」


 ――横取りしようとしてたのはお前らじゃねーか!!


 トマスが心の中で叫ぶほど、ラック・ウェッバーは相当図々しい輩だった。


 そして、奴の応対を任された哀れな髭面の職員が、困り顔で後ろから彼をなだめようとしている。


「まあまあ、坊ちゃん。そもそもは協会側の手違いでクエストのドッキングなんてぇことになっちまったんで、相応の詫びは――」


「やかましい! 僕たちの功績になるはずだったものが損なわれたんだよ? この埋め合わせをどうしてくれるのか、言ってみたまえ!! あと『坊ちゃん』と呼ぶな!!」


「……オーランド、助けてくれ」


 髭の職員は、トマスの目の前にいる眼鏡の男に縋るように手を合わせている。


「もちろん<オールアウト>がこのクエストに関わっていることは承知している。こちらのミスで手間をかけさせてしまったことも鑑みて対応していく所存だ」


「具体的に、どうしてくれるっていうんだい」


「なにぶん、未知の魔物だ。本来の評価も定まっていない。調査が完了し次第、追って沙汰する」


「この期に及んで後回しというわけだね」


 霧の魔物を倒したのはトマスたちだということは、ロキの根回しとパフォーマンスともいえる魔物の死骸のお披露目で、誰もが知るところとなっている。今更ラックたちが手柄を主張しても無駄だ。


 とはいえ、そんなことでラックが納得するわけもなく、不満の矛先が罪もない職員に向けられている。

 見過ごすべきじゃないな、とトマスは椅子から立ち上がる。


「ラック、外で話そう。お前たちに用がある」


「両パーティ同士で話し合おうってわけだね。いいだろう」


 トマスはラックを連れて席を離れる。後方で髭の職員が舌を出していたのに、奴は気づいていなかったようだが。



 ロビーには、待たせていた仲間たちが集まっている。もちろん、ロキの姿だけは見えないが。

 ラックも取り巻きを引き連れて、こちらへの敵愾心をむき出しにしている。


「さて、まずは僕たちに嘘の説明をした件を――」


「その前に、約束を果たすのが先じゃないのか」


「約束?」


「ミアに土下座しろ」


 トマスがカタリナ以外の人間のためにここまで怒ったのは、初めてかもしれない。


 約束のことなど忘れていたらしいラックは、虚を突かれたように茫然としている。


「あ……あれは無効だって」


「魔物じゃなかったら、の話だ。本当は魔物だったし、俺の言った通り、やったのはミアだ。約束を果たせ」


「こんな小さな子供が、あんな巨大な魔物など倒せるわけがない」


 開き直っているラックに、真っ先に噛みついたのはノエリアだ。


「構いませんわ、ミア。この無礼者を引き裂いて実力を示しておやりなさい」


「結局殺してしまったら、意味がないと思います……」


 ヘルミーナが控えめにたしなめるが、ノエリアの憤りはおさまらないようで、ラックたちを睨んでいる。


 当のミアは待っている間退屈だったのか、うとうと頭を揺らしている。

 ――おい、お前が寝ちまったらもっと意味ないんだぞ。



 そんなミアがカッと覚醒し、凶器の爪を剥きだして飛び掛かったのはその直後だ。

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