ヘルミーナ、友達ができる

 私の血だらけの膝が、柔らかい光に包まれる。さっきまでじりじりと熱を伴っていた痛みが、あっという間に引いていく。


「ありがとう、ヘルミーナさん」


「あ、いえ……」


 どうしてこうなったのかというと。


 私とノエリアさんが話していたところに、たまたまヘルミーナさんが歩いてきた。ただ偶然出会っただけなのに、ヘルミーナさんは逃げてしまい、ノエリアさんは妄想の世界にとらわれたままで、とりあえず私が追いかけた。


 意外と足の速かったヘルミーナさんに私の鈍足は追いつけず――転んだのだ。

 何かにつまづいたわけでもなく。


 超恥ずかしい。


 しかも、思ったより傷が大きく、痛みで悶えている私を心配してヘルミーナさんが戻ってきて、治癒魔法をかけてくれた。感謝。



「……」


「……」


 き、気まずい。彼女もシグルドさんほどではないが、無口だ。というより、人見知りなのだろう。私のほうがちょっと年上だし、こちらが話題を提供しなければ。


「えーと……そのぬいぐるみさん、名前とかあるの?」


 このウサギのぬいぐるみはとても大事なものらしいので、一応聞いてみる。少し古そうだし、ところどころに修繕の跡があるから、大事にしてきたものなんだろう。


「…………――リス」


 リス!? この子、ウサギに「リス」ってつけてるの!? なんてリアクションに困るネーミングなんだろう……。


「か、可愛いね」


「……」


 結局、会話は弾まない。



 私たちの共通項はマリオさんだ。けれど、あの会議室でマリオさんの姿を見たヘルミーナさんは、なぜかひどく怯えていたのを記憶している。


 <ブリッツ・クロイツ>の頃の話をしないほうがいいというのは、ロキさんから聞いた話でも頷けることだ。


 彼女はあのパーティで、いじめに遭っていたらしい。


 いじめ、というと表現が軽すぎるかもしれない。暴力を振るわれるのはもちろん、危険な場所に1人で行かされるなど、聞いただけで嫌な気分になるものだ。

 加害者は、レミーさんが「クソ野郎」と言っていたリーダーと、他の2人。


 なまじ彼女が優秀なヒーラーであるために、ひどい目に遭ってもすぐに治せてしまう。元々大人しい性格も相まって周囲には発覚しづらかったのだ。


 マリオさんも見つけ次第止めに入っていたようだけど、根本的な解決法が彼にはわからなかったのだろう。



 ――いや、マリオさんはリーダーを殺す機会を伺っていたのかもしれない。


 彼が死んだのは、魔物の討伐クエストの最中だった。


 そこで何を思ったか、彼らはヘルミーナさんを囮にして魔物をおびき出そうとしていたのだ。実際に魔物に襲われても、きっと助けなかっただろう。死ねと言っているようなものだ。


 だけど、マリオさんがその案を少し変更した。囮役をそのリーダーにしようと言って、縛り上げたのだという。他の2人がいない隙に。


 そして、彼はヘルミーナさんの目の前で魔物に喰われてしまったそうだ。


 糸は外からなら解けたし、回復魔法を使えば助かったかもしれない。それでもヘルミーナさんはそうしなかった。彼女を責める道理はない。


 しかし――マリオさんに恐怖を覚えるのも、無理もないことではある。


 だから、彼のことは話題に出さないほうがいい。そんな気がする。



「あ、あの……」


「はい?」


「…………モーリスとは、どういう関係……なんですか」


 わあ、あなたのほうから話題に出すのねー。しかも、本名で呼んでるんですね。その呼び方、ロキさんのときは嫌がってたけど、ヘルミーナさんはいいのかな。


「関係、っていうと……うーん……数ある友達の中の1人、かなぁ。ヘルミーナさんも、『友達』?」


「まあ……そう、です」


「その……前も、仲良かったの?」


「どうでしょう……助けてはくれましたけど……」


「あの、ごめんなさい。その話、ロキさんに聞いちゃって」


「いえ……事実ですから。……どう、思いました? モーリスのこと」


「悪いことだとは思わないよ。マリオさんなりに、ヘルミーナさんを助けるために努力したんだと思う」


 私が素直に自分の考えを述べると、ヘルミーナさんはぱっと顔を上げて目を輝かせた。



「そうですよね。カッコいいですよね!」



 ……へ?


「モーリスが殺し屋だっていう話、本当かどうかわからないですけど、なんていうか、上手ですよね。魔物にやらせるなんて、私、頭悪いから考えつかなかった。あの、見ましたよね、皇子様を暗殺しようとしたの。速すぎて見えなかった。あれはもう、芸術だと思います」


 ヘルミーナさんは興奮気味にマリオさんの殺し方の良さを語っている。……つまり、彼女はマリオさんのファンってこと?


「あっ……すっ、すみません。私、こんなに喋っちゃって……き、気持ち悪い、ですよね」


「そんなことないよ。確かにマリオさん、器用だもんね。人形のやつもすごいし」


「あれ、私にもよく見せてくれました。可愛い、ですよね。人形もそうですけど……本人も。うふふ、ねぇモーリス?」


 と、彼女はぬいぐるみに話しかけて――


 ああああーっ!! 「リス」じゃなくて「モーリス」だ!!

 この子、ぬいぐるみにマリオさんの名前つけてるんだ!!


「もしかして――ヘルミーナさん、マリオさんのこと好きなの?」


「えっ!?」


 これほどわかりやすいリアクションがあるだろうか、彼女は顔を真っ赤にして目線を泳がせている。


「……私、応援するよ」


「えっ、あっ……りがとうございま、す……」


 しかし、恋愛の相手としてマリオさんほど難しい人はいるだろうか。

 彼にとって、人間は「友達」か「友達でない人」かの2種類しかない。誰かを特別扱いするなんて……。


「でも……だめなんですよね、私。あの人の前だと、緊張しちゃって……震えが止まらなくなるんです」


 あれ、緊張してたのね。怖がってるのかと思った。


「さっき助けてもらったときも、本当に頭が真っ白になっちゃって……お礼、言いたかったのに」


 そう言いつつ、ヘルミーナさんは顔を紅潮させて嬉しそうにしている。


「お礼なら、私が伝えておくよ。そうだ、マリオさんにしてほしいことってある? 私が言えば、聞いてくれるかも」


「えっ」


 あからさまに戸惑っている。なんだか微笑ましいなぁ。


 マリオさんはサービス精神旺盛なので、基本的に頼めばなんでもしてくれる。少しでもヘルミーナさんが喜んでくれれば、と思ったのだけど――



「私――モーリスに殺されてみたい」



 それは無理だ――とは、言葉にしなかった。


 彼女の影のような視線が、虚空に浮かんでいる。自らの死を厭わず、むしろそれを願っているかのような、悲しくなるほど虚ろな瞳。


「……すみません。忘れてください」


 私は言葉に詰まる。なんと言ってあげればいいのかわからない。



「話は聞かせてもらいましたわ」


 その声に2人してびっくりしていると、遅れて登場した正義のヒーローのように、ノエリアさんが現れた。


「愛に生き、愛に死なんとするその姿勢。お姉様への愛にすべてを捧げるわたくしとしては、同胞として親近感が湧きましたわ」


「は……はぁ」


「ノエリアさん、いつからいたんですか?」


「ヘルミーナが熱く愛を語っているところからですわよ」


 あれを聞かれていたとは思ってもいなかったヘルミーナさんは、ぬいぐるみに赤い顔をうずめている。


「恥ずかしがることなんてなくってよ、ヘルミーナ。同じく愛に生きる者どうし、仲良くなれそうですわね」


 マリオさんが友達を作るときと同じように、ノエリアさんが手を差し出した。

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