錬金術師たち

 ヤーラ君は一体どうして前のパーティを追われることになったのか――おそらく錬金術で何らかの失敗をしてしまったであろうことは想像できるが、具体的なことはまだわからない。

 事前にドナート課長が聞き込みをしてくれたらしいのだけど、「覚えてない」の一点張りだったそうだ。


 そもそも錬金術は専門性が高いうえ、錬金術師は自分のやり方を外部に漏らしたがらないらしく、その実態は謎に包まれている。

 だから一般人はおろか、同じく魔法を使う魔術師ですら、彼らのやっていることを理解するのは難しいそうだ。


 当然ぽんこつな私ではさっぱりなので、まずは錬金術の勉強をしようと思い立った。

 本人に直接聞いてもいいんだけど、おそらく素材の分量や所要時間まで小数点以下含めて細かく解説してくれることが予想され、私の頭がパンクする未来が見えている。


 そこで、あの実験室を貸してくれた協会専属の錬金術師を訪ねることにしたのだ。


 勇者協会の巨大な建造物には、いくつかの専門機関が付随している。

 その中の1つに診療所があり、協会専属の錬金術師と治癒魔術師が1人ずつ勤務している。ヒーラーのいないパーティの人や、ヒーラーではどうしようもない傷病などの治療を担当する。


 附属機関とはいえ、2人だけで勇者たちや職員たちの医療を担当するのだから、両方とも凄腕だと聞いている。


 実験室を借りる話はドナート課長がつけてくれたので、私は会うのは初めてだ。

 緊張しつつも、診療所の戸を叩く。


「は~い」


 間延びしたような女の子の声が、木の扉を隔てて耳に届いた。かなり若そうな印象だけど、ここの関係者なのかな?

 ドアが開き、隙間から出てくる影をじっと見据えていると――


「あれー? ハジメマシテじゃん。どしたん~? ケガ? ビョーキ? 恋の病とか? キャハ!」


 ……。

 一瞬、思考が停止した。


 出てきたのは、私と同年代くらいの――褐色肌にパーマをかけた明るい金髪、そしてメイクが何倍もきつい女の子だった。都会の女子ってここまでやるの? そしてこの謎のノリは何? 都会コワイ。


「あ……あの、錬金術の話をお聞きしたくて」


「レンキン? じゃ~センセのお客さんかぁ。アンナのカンジャちゃんかと思ったのにぃ。ま~いいや、センセ呼んでくるね~」


 気の抜けるような声でひらひら手を振ると、アンナという子は奥へ引っ込んでいった。

 ああ、なんだ。この子が錬金術師というわけではないみたい。


 ……あれ、待って。じゃあ、あの子が治癒魔術師のほう?

 …………。深く考えないことにした。



 戻ってきたアンナちゃんに手招きされて中に入ると、白衣を纏った痩身の男性が待ち構えていた。


「……誰よ、あんた」


 男性……だよね? 片眼が隠れるほど長い髪を後ろで結わえているけど、声は低い。そして、この世の憂鬱を煮詰めたような顔は明らかに私を歓迎しているふうではなく、煙草を挟んだ口から嫌気たっぷりの白い煙が吐き出された。


「あんたねぇ……錬金術師に錬金術のことを聞くのは、殺人鬼に『あんたどうやって人殺してんの?』って聞くのと同じなのよ。容易く答えるわけないじゃない」


 本当に容易く答えてくれそうな知り合いの顔が浮かんだが、今は関係ない。やっぱり錬金術師は秘密主義なんだ。うーん、どうしよう。

 悩んでいると、アンナちゃんがマイペースな笑顔でフォローしてくれた。


「ごめんねぇ~、せっかく来てくれたのにぃ。ねぇねぇ、名前なんてゆーの?」


「エステル・マスターズです」


「エティって呼んでい~? てか、タメでい~よ!」


「はぁ……」


 都会の洗練されたコミュニケーション力に戸惑っていると、錬金術師の先生がピクリと顔を上げた。


「あなた、もしかしてオーランドのとこの?」


「え、そうですけど……」


 先生の陰鬱そうに細められていた目が、ぱっと開いた。


「あなただったのね!! あのきったない実験室を掃除してくれたの!!」


「……え?」


「ごめんなさい。実験室で散らかってない部屋なかったし、別にいいやと思って10年くらい放置してたあそこにしたんだけど、あんなに綺麗になって返ってくるとは思わなかったわ」


「ウッソォ、あのヤバ部屋を!? エティって掃除の神様?」


 あ、そうか。ヤーラ君だ。

 最初に待ってる間、あの部屋を片付けておいてくれたんだ。……いや、待って。あそこ10年もひどいままだったの?


「いや、掃除したのは私じゃなくて――」


「いいから。そういうことなら何でも教えるわよ。今日はもう仕事しないから」


 ここに来たときからいろいろなことがありすぎたので、私はいったん考えるのをやめた。



  ◇



 カミル・ネスラーと名乗った錬金術師は、私を診療所で唯一散らかっていないという応接間に案内し、さらに紅茶まで出してくれた。


「14歳で錬金術師って、相当変わってるわねぇ」


「そうですか?」


「だって錬金術師なんてあれよ、密室にこもってよくわからない実験をやってるキモイ連中よ。世間の評価では」


「エ~? センセはぁ、やつれてガイコツみたいになってるけどぉ、キモくないから!」


「ありがとうアンナ。フォローになってないわ」


 確かにカミル先生は痩せてはいるけれど、そう悪い印象はない。


「で、錬金術ね。まあ……ぐだぐだ説明するより実践したほうが早いわね」


 先生はなにげない仕草で花瓶に雑に生けてある花を1本抜き取り――私の紅茶につっこんだ。

 え、と声を上げる前に先生の骨ばった細い手から魔法陣が広がり、花の姿が掻き消える。


「飲んでみなさい」


「……甘くなってる!」


 紅茶の香りはさらに強くなっていて、味に深みが増したような気がした。錬金術で花を混ぜた、ということなのだろう。


「そう。実はその花、毒があるの」


「ぶはっ!! う、嘘でしょう!? 助けてくださいよ!!」


「安心しなさい。毒は錬成の過程で抜いてあるから。こうやって、素材どうしを混ぜ合わせたり、特定の要素を除いたり引き出したりするのが錬金術ね」


「なるほど。びっくりしましたよ……」


「センセ、性格ワル~」


「でも、こんな一瞬でできちゃうんですね。ヤーラ君は薬草煮込んだり、何か変な液体と混ぜたりしてましたけど」


「……ただのポーションでしょう? 今みたいな魔力を使う錬金術は、そういう手作業を魔法で自動化するものなの。そこまで手間かけるなんて、初心者か病的に慎重かどちらかね」


 ヤーラ君の性格を考えると、どちらなのかはすぐに察しがつく。


「で、『能力の制御』うんぬんの話だけど――結論から言って、錬金術が制御不能になることはほぼありえないわ」


「……え?」


「あなた、1+2はわかる?」


「は?」


「3!」


 話についていけない私の代わりに、アンナちゃんが元気よく答える。


「正解。錬金術の場合、1+1+1に分解したり、どっかの1を捨てたりできるんだけど――3を超えることは絶対にない。魔力が暴走したところで、素材が崩れるだけよ。……ただし、1つだけ『制御できない』という状況に陥るとすれば――」


 カミル先生は忌まわしげな眼を横に流して、もう一度戻す。


「――ホムンクルス」


 それは、錬金術に明るくない私でも耳にしたことのある言葉だった。

 人間が生命を生み出すという神の領域に足を踏み入れた、禁術。


「作り出すだけでも難しいけどね、作り出せたとして、創造者の言うことを聞くとは限らないわ。錬金術師が実験中にホムンクルスに殺されるなんて、意外とある話よ」


「マジコワ~」


 ヤーラ君のお父さんも、確か「実験で生み出した危険生物に殺された」という話だった。


「ま、作ろうとさえしなきゃいいんだけどね。素材は何らかの生物、死体でもいいんだけど――ある程度原形を留めているのが条件ね」


「センセもつくれんの? アンナ、弟か妹欲しい」


「お父さんかお母さんに言いなさい」


 それからホムンクルスについて少し話を聞いたところで、その日は2人にお礼を告げて診療所を後にした。

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