You

そうだった。中学生の時からそうだった。勉強に目覚めてから私は一切の恋を禁じた。

誰とも付き合ったことはない。全員ふってきたから。勉強に恋はいらない。そう、思っていたのに……その反動なのか、先生を好きになってしまった。恋は勉強の邪魔をする。そんなこと知っているのに、分かっているのに。前に経験したことがあるから……。

「安藤、俺はお前の気持ちを忘れはしない。だからもう……自由になれ」

「……っ」

私は今にも泣いてしまいそうだった。先生は決して私の気持ちが嫌だから言っているわけじゃない……全部私のためを思って言っている……。

「……はい、分かりました」

「ごめんな」

私は嘘をついた。ごめんなさい、先生。

「……でも、先生……私がもう少し早かったら、先生がもう少し遅かったら……私たちは出会っていたと思います」

「……」

その勤勉さ、真面目さ、秀逸さ故に一言も話したこともないくせに、周りの生徒は藍に近づくことさえしなかった。たまに可愛らしく十八歳のように笑うのに。周りの生徒には藍が同じ年には見えなかった。いつも怖い目をしている冷酷な人だと勝手に決めつけていた。先生はそんな藍の友達だったのかもしれない。唯一の。厳格な両親に一人娘として厳しくされ、自由を奪われ、下校時間まで帰ってくるなと時間を拘束された、十八歳らしからぬ堅い心を癒すのは先生だけだったのかもしれない。会話は気まずい空気の中終わった。そんな会話でも、との唯一の思い出に含まれた。たとえ、悲しい会話でも藍が唯一心を許して、本当の自分になれる時だった。

そこから卒業までの日々も気まずいのは変わらなかった。卒業式の日は「ありがとうございました」と礼を言えただけだった。


大学に入り、日々を過ごす中で、先生の言った通りに邪魔されそうになったこともあったけれど、留学やボランティア、その他の顕著な成績を残して藍は首席で卒業した。


町で偶然先生を見かけた時、先生は小学生くらいの子供を女の人と片方ずつ手を持って一緒に歩いていた。隣の女の人は奥さんだろう。二人は藍には気づいていなかった。笑う先生と奥さんは楽しそうだった。ちらっと見えた奥さんの顔は綺麗だった。

「あんなに綺麗な人だったなんて……私じゃ叶わないよ……」

藍の言葉は寂しそうに空気中に消えていった。あの時と同じ、寒い冬の日。私がまだ囚われている唯一のもの。心にぽっかりと開いた穴は今もまだ閉じそうにない。


先生……私は先生のことが好きです……まだ。

大学でも、恋愛はしなかった。ずっと片思いだけをしていた。

この恋は墓場まで終わりそうにない。

天国では先生と結ばれたらいいのに、なんて……そんなことを願って日々を過ごす

ここに「。」は打たない。

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Dear 先生 ABC @mikadukirui

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