おままごとみたいなものかもしれないけれど
お母さんとお父さんが「この子はどうなるの」とかことあるごとに言い争うをするせいで私は二人に食べられているのだと思う。両手も両足もお母さんとお父さんが都合よく放った言葉の代わりに食べていって私は自分の体も好きなように、好きな場所に行くことができないのだと実感する。
「どっちだっていいよ。好きにすればいいじゃん」
と言うとお母さんもお父さんも傷ついたような顔をして、急に団結して私を叱りつける。「どうして真剣に話を聞かないの」「お前のためだというのにどうしてそんな適当なことを言うんだ」私のためだと言うのならまず私の前でこんな話をやめてほしい。
真剣じゃないのは二人の方だ。でもでもだっての繰り返し、一通り言い争って、面倒くさくなって疲れただけなのに互いに反省したかのような振る舞いをする。そうして、結局次の日には同じことになるのだ。私はその度にうんざりする。ああ、まただ。
初めのうちはあんなに心を振るわせる物語が私も含めて起こっていると思ったのに。もう、おままごとにもなっていない。子供のおままごとは空想だけど真摯だ、少なくとも成立させたいという気持ちに真実が宿る。
でも、二人はおままごと未満のやりとりを辞める気配がないので私の全身は毎日のように食べられる。齧られ、引きちぎられ、すり潰され、満腹になって二人は眠る。私は全身に冷たさを感じながら一人で眠る。
体が食べられても、いや、むしろ食べられてしまったからこそ私は学校へ向かう。お母さんもお父さんも愛情を保つ努力はしないのに学校に行かないといけないという圧力をかける努力だけはしてくれる。もしかすると、それを愛情と思っているのかもしれない。私との間に、愛は成立なんてしていない。
学校にも話す相手なんて誰もいない。誰にも話す気がしないけど、たまに読む漫画はどの漫画も友達がいたり出来たりしていて、私は余計孤独感を募らせる。
何処かに逃げたい。もう、能動的にどうにかしたい気持ちもない。
そうだというのに、私は学校からの帰り道で不思議な社の前にいる。
社の目の前の小箱には『溝口』と書かれた名札が置かれている。先客がいたのかもしれなかった。
どうして、私はここにいるんだろう。何かに導かれた? 一体、何に?
辺りは急に陽が暮れてきていて、少し不気味な雰囲気すらしている。ただ、そう思った時に私は家のことを思い出す。不気味というのなら、私の今の住んでいる世界の方がよっぽど不気味のはずだ。
私は社に向けて手を合わせる。私から何も奪われませんように。私の体が食べてしまわれませんように。お願いだから、お母さんもお父さんも私からもう何も奪いませんように。
小さくても何かの神様なら、どうにかしてくれないだろうか。
そう思うけれど、家に帰ると居間で二人は不穏な空気を纏っていて、私を出迎えるためにそういう空気を作っているんじゃないかと思ってしまう。
「だからさぁ、どうして私が昨日も食べたものを今日の献立にするのよ。おかしいでしょ」
「なんで作ってもらっておいてそんなことを言えるんかね、言い方ってもんがあるだろ」
そうして「ただいま」と言って帰ってきた私には何にも言葉はかけずに言い争いは続くし、私が自分の部屋に戻ろうとすると「どうしてこの空気で一人で部屋に戻れるの?」と両親が団結するので部屋の隅でじっとして話を聞いている。
私の全身が二人に食べられていくのを感じる。
嘘つき。私は目の前の二人に、そして祈ったというのに何も叶えてくれない社に対して恨言を言いながら時間が過ぎるのをただ、耐える。
夜になって、私は相変わらず食べ尽くされて空っぽのまま眠る。
そうして、夢を見る。
「ごめんね、遅くなって」
全身を食べられて首だけになった私を溝口君が抱えてくれる。
「未熟でごめんだけど」
そう言いながら溝口君は溶けて私の首を伝う。私を抱えていた溝口君は消えていく。代わりに私の手足となっていく。
いつもより早く目が覚める。顔を洗う。着替える。カバンをもって家を出る。
学校へ行くためじゃない。昨日の社に向かうために。
社に着く。その社は相変わらず不気味な雰囲気で「こんなんじゃ人も寄り付かないよな」と思う。
でも、昨日までなら私はここに朝から来るなんて思いつきもしなかったはずだ。
私は手を合わせ、祈ることにする。
自分の幸せはもちろん。あの後の溝口君が溶けたまま消えてしまったりしませんように。
それはおままごとみたいなものかもしれないけれど。少なくとも、本当にそうであって欲しいという気持ちは嘘じゃない。〈了〉
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