コンティニュー繭夢

 夢に恋人の溝口君が出てくるようになる。

 そこで私はじっと溝口君を見ている。溝口君の指先からつぅ、と糸が出て伸びていく。それが段々と溝口君を取り囲んで私は彼が繭を作ろうとしていることに気づく。

 繭になろうとしている溝口君の表情は真剣で、私はその横顔をそのまま見続けていたいとすら思う。

 糸を纏って溝口君が繭になっていく。見惚れていたその横顔も糸によって私と隔てられていく。

 ああ、まだ見ていたいのにな。そう思った時に目を覚ます。

 目を覚まして私は溝口君に電話をかける。

「もしもし」

『もしもし』

「溝口君、変身願望とかあったりする?」

『ええ? ないよそんなの』

「そっかぁ。そうよね」

 私がその夢について話すと溝口君が興味深そうに聞く。

『僕はなんでそんな必死に繭を作っているんだろうね』

 なんでだろう。

 それから私は溝口君の繭の夢をたびたび見るようになる。

 夢は同じ内容だというのに、連続していない。てっきり同じ夢なら作りかけの繭から再開かと思ったのだけど、溝口君は毎回最初から繭を作る。

 何度も、同じような夢を見る。やがて私が夢を見ている間だけ、夢の中の溝口君は繭を作れるのだということに気づく。糸を丁寧に編み込んで繭にしていくから、決して急いではいけない、焦ってはいけない。だけど、私は目を覚ますと繭は初めに戻ってしまう。

 溝口君はいつまでも繭を作っては私に目を覚まされてふりだしに戻る。私の脳裏を過ぎるのは賽の河原だ。夢の中の私は鬼なのかもしれない。

 夢を見ているだけとはいえ恋人の溝口君の努力を無に帰したくない、と考えた私は色々長く眠る手段を模索してみる。たくさん運動をしてみたり、ホットミルクを飲んでみたり、枕を変えてみたりする。

 どれも大したことではないかもしれないが、私に出来ることなどその程度なのだ。最終的に徹夜も試みてみたが、結局私が限界まで長く眠っても繭は完成しない。

「ごめんね溝口君」

 ただひたむきに繭を作る溝口君に申し訳なくて、私は現実の溝口君に謝ってしまう。

「僕のことでそんな気にしないでいいけどなぁ。そんな恨んでないと思うよ」

 溝口君はそう言うけど、私は気にするのだ。

 夜毎、私は願いながら夢を見る。目覚めませんように、目覚めませんように、目覚めませんように……

 日々が過ぎていく中で同じことを繰り返す夢を見続けて、私は悲しくなっていく。私が学校を卒業して、進学して、生活を送っていく中で夢の中の溝口君はひたすら繭を作り続けている。私が少女から女性に変わっても、溝口君は繭から出ていけない。

「気にしないでいいのに」

 夢ではない溝口君はそう言って、私のそばにいる。気がつけば寝ても覚めても溝口君と過ごす時ばかりだ。

 更に時が過ぎていく。十年、二十年と経過して私の眠る時間が短くなって時には溝口君は繭すら作れない日もあった。

 そんな長い時の果てに辿り着いたある日のことだ。

 溝口君が糸を紡いで繭を作っていく。ふと、何十年の見ていた私には今日の溝口君が妙に急いでいることがわかる。どうやらいつもと違うようだ。私はやっぱり見ているだけだけど、いつもよりも手際良く出来た繭は、それでいて過去のものに見劣りのしない美しい出来栄えだった。

 果たして間に合うのか。そう思いながら繭を私は見ている。その日の夢はどうやら時間がたくさんあるようで、私は繭が羽化をする時を待つ。

 そして、ついにその時がやってくる。

 繭から溝口君がひらり、ひらりと羽ばたいて行く。透き通るような羽が溝口君についていて、私はそれを見て涙を零す。

 すると溝口君が妙に必死で羽ばたいて何かに手を伸ばす。誰かの手を掴み、必死に引っ張っている。

 と、同時にぐっ、と私の手が引っ張られている気がする。誰かの手が私の手を引いている。

 それは長年連れ添った誰かの手で、私を目覚めさせようとしている。

 この夢を見続けた方がいいのか、それとも私はこの引っ張られる手に従って目覚めるのが良いのか、悩んでしまう。

 どちらが溝口君にとって良いのだろう。

 気にしないで、いいわけない。〈了〉

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