そして私は話し出す

 世界中の人たちが死に絶える。世界滅亡だ。

 何とか緊急シェルターに駆け込んだ私は今の所生きているけれど、いつまで生きていられるのか、そもそも他の人類がどうなったのかわからない。

 でも、そこまで気にならない。私に親しい人はほとんどいなかったし、家族もいない。私が死んで悲しむ人もいないけど、死んで悲しくなる人も私にはいない。

 特に生きる必要もないはずの私は皮肉なことにここでしばらく生きていけそうだった。

 食料などの備蓄は大量にある。大人数を想定したシェルターだからだ。

 そもそも集団で入ることを想定されたシェルターなのに私一人で入るってどうしろというのだろう。こうなる前に住んでいたワンルームの部屋ですら私は持て余していたというのに。今では場所だけじゃなくて時間も持て余してしまっている。

 人生は長い。でも、死ぬにはもったいないし私はそのシェルターで暮らして、探索をする。

 外で暮らしていた時は軽率に「死にたい死にたい」とぼやいていた気がするけれど、どうやら私はさっぱり死ぬ気がないらしい。

 集団生活用のストレスを軽減するためにボードゲームとかがあったけど一人で出来ることはろくにないのでトランプでピラミッドを作ったり、モノポリーを一人で四人分やって暇を潰す。

 一年ほど経った頃に私は通信機を見つける。

 私以外に人がいないはずなのに、最初からマイクが砕けて壊れている。これじゃあ通信機の意味がないじゃないか、と思うのだけど私は何気なくスイッチを入れてみる。

 ザァ、という音がしてスピーカーからノイズのようなものが聞こえるけれど、特に通信は聞こえない。BGMもない環境なので、そのスピーカーから聞こえるノイズでさえも自分以外の存在を感じるようでそのままにしてしまう。

 私は通信機のある部屋でトランプのピラミッドを3段目まで組んだ時にそれは聞こえてくる。

『あー、あー、聞こえますかー。僕は聞こえないんですけど、聞こえますかー』

 人だ! と思うけどマイクが壊れていて私の声は届かない。幸いだったのは声の主も最初から誰かに繋がると思っていなかったことと、相手もスピーカーが壊れていてあっちでは何も聞こえないらしい。

『僕は溝口と言います。誰か生きている人がいるといいなぁと思って喋ってます』

 声は比較的若い印象で、私の溝口君の声を聞く日々が始まる。

「おはよう溝口君」

『おはようございます。僕は溝口と言います』

 溝口君の通信は毎日名乗るところから始まる。いつ誰が聴き始めても良いようにだろう。聞いているうちにわかったけれど、溝口君もスピーカーが壊れているので誰かからの反応を期待しているわけでもないらしい。ただ、話すことで気を紛らわしたいのだろう。

 私も溝口君の声を聞いて日々を過ごす。通信はすぐ終わる日もあれば、数十分続くこともある。溝口君のレパートリーは豊富で、学校のこととか考えたこととかを丁寧に話してくれる。

 今は思い返すことしか出来なくなってしまった世界が、溝口君の言葉の中にある。

 でも、それから更に一年ほど経って、私は気づいてしまう。

『あー、あー、聞こえますかー。僕は聞こえないんですけど、聞こえますかー』

 初めはいつものようにお決まりの呼びかけから話しているのだと思ったけど、徐々に私は溝口君が以前話したことと全く同じことを話していることに気づく。気づいてしまう。嬉しかったから、私以外の誰かの声を聞けたことが、自分でも思っていなかったくらいに幸福だったから。溝口君の話す言葉が好きだったから。

 私の聞いている溝口君は録音された音声だ。

 私はただ日々を過ごすだけだったシェルターで目標を見つける。工具を探して広いシェルターを初めて真剣に歩き回るようになる。これだけ長く人が暮らせるようなシェルターなら、メンテナンス用のものがあるはずだ。

 私はマイクを直さないといけない。何かを発信して繋げないといけない。

 例え私の知っていた溝口君が録音でも、きっとそれを撮った溝口君がいるはずだ。

 何のために録音したのかわからない。どうやって発信したのかわからない。今でも生きているのかわからない。一人かもしれない、心細いかもしれない。私のように今はマイクが壊れているかもしれない。

 まだまだ外には出られないけど、私は溝口君の無事を祈ってそこに微かな希望を見出す。

 だから、繋げなきゃ。私が繋いでもらった分だけでも繋げなきゃ。〈了〉

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