コピーアンドペースト
溝口君には顔が移ってしまう。
一緒にいた人の顔に徐々に近づいていき、数日一緒に過ごすと完全に近くにいた人と同じ顔になってしまう。体質だそうだ。
周囲の人々は「自分の顔と同じなんて気持ち悪い」と溝口君を気味悪がって近寄らない。
溝口君はのっぺらぼうの状態で学校にやってくる。のっぺらぼうであることも怯えられて結局悲鳴が上がってしまう。
でも、私は打算で溝口君に近づく。
「おはよう溝口君」
「おはよう」
朝の挨拶をして隣に座る。私の顔をした溝口君が隣にいる。
私はただ溝口君の顔が可愛くないことを気の毒に思う。
自分の顔は嫌いでしょうがないけど、それは自分の顔と考えるからいちいち辛くなってしまうだけで、人の顔ならそれほど気にならない。だから私は溝口君に顔をコピーしてもらって気が楽になる。実際にどうかは置いておいて、私の顔が鏡の中以外にあるということは他人の物であるように感じるということなのだ。
溝口君の顔は一度移っても、他の人と会っているとまた変わってしまうので私は溝口君とよく一緒に過ごすようになる。
私と同じ顔だなんて気の毒に……なんて私は自分のことを棚にあげて勝手に同情して溝口君についつい世話を焼いてしまうし話しかけてしまう。
「ありがとう。こんな風に人と話せるなんて思わなかった。この学校に来てよかった」
そう言って私の顔をした溝口君が泣く。
憐憫のような感情で行う優しさは本当に優しさなんだろうか? と私は考えるけど、喜んでいる溝口君に水を差すつもりもないのでそのまま付き合いを重ねていく。
打算で近づいたはずなのに私は溝口君との時間が心地よいと感じるようになる。
顔を取られない、とわかるとみんな現金なもので溝口君と関わるようになる。私が生きているのも嫌になるくらいだった顔で溝口君は楽しそうに生きている。
「ねえ、溝口君は私の顔で嫌じゃないの?」
放課後の教室で私は溝口君にそう聞く。下校しようとする生徒たちの足音が学校に響いている。
「どうして?」
「どうして……って、私の顔は整っていないもの」
「そういうこと、言わない方がいいと思う」
溝口君が静かに怒った様子で教室を出て行ってしまう。
ああ、余計なことを言ってしまった。今、私の顔は溝口君の顔でもあってそれを貶されたら嫌な気持ちになるに決まってるじゃないか。自分が嫌だったことをどうしてやってしまったのか。私は最初から自分のことばかりで、だからこうして溝口君を傷つけてしまう。
そんな後悔で頭がいっぱいのまま周りを確認しないで道路を渡って交通事故にあって私は死んでしまう。
ああ、申し訳ないことをしたと伝えなきゃ。
そう思って意識が暗転すると私は溝口君の後ろに立っている。助かったのかと思ったけれど、鏡に私の姿は映っていなくて溝口君の背後霊になってしまったのだと知る。
溝口君は私の突然の死にショックを受けて悲しむ。私に「冷たくしなければ良かった」と口にして私はそんなことないと伝えたいけど、溝口君に伝わらない。
溝口君は私の顔が恥ずかしくなんてないと生き続けて証明をしようとする。「この顔に恥じない生き方をするんだ」と溝口君は涙ながらに語っている。
それ以来溝口君の顔は私の顔から変わることはなくて、皆不思議に思うけど私は私が溝口君にこうして憑いているからだと理解する。
そんな顔の変わらない生活を溝口君は受け入れる。
それから十年二十年と経つ。溝口君の背後にいる私の顔をした溝口君には喜怒哀楽があってそんな表情の移り変わりが私は憎めない。溝口君の安らかな生活が続けば良いと願う。
もう随分と溝口君の幸せを祈っているけど、私はどこまで自分の顔であるということから溝口君に執着しているのだろう。
もしかして死んでからも私は自分自分自分なのかと思うと、自分の顔した溝口君の幸福な日々を見ていて嬉しいやら情けないやら。
ただまぁ、溝口君が笑っているのを見れるのは嬉しい限り。〈了〉
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