そんな馬鹿な、シュレーディンガーさん
「結果はひとつ。けれどこの部屋の主は偽物の結果を用意して、それを私たちに見せている」
【硫黄島航空基地】
それは、扉だった。
ごくありふれた構造。周囲の壁も含めて、何ら驚くべき部分はない。そう見えた。
しかし実際にはそうではないことを、ベルナルは知っていた。彼女の感覚器は、これが部屋ごと、非常に複雑な形に織り込まれた不可思議な構造体と化していることを見抜いていたからである。
試しにドアノブに手をかける。捻る。何ら問題なく扉が開き、そして中の光景が明らかとなった。
ベッド。机。カーテンは開き、外からの陽光が差し込んでいる。転がっているのは大きなぬいぐるみやサッカーボール。などなど。軍事基地の一室であることを鑑みると奇妙だが、子供が一時的に滞在するために用意された場所。と言う観点ではさほど不思議でもない。
だから問題なのは、ここに誰もいない。と言うこと。ここにいた人物は、まだ中にいるはずなのだ。外部からの分析ではそうなっているし、誰も出入りしているところを確認していない。瞬間移動でもしたなら別だが。
扉を閉める。質量分析。部屋全体の質量は同じだが、偏りがある。先ほど扉を開いていた時と比較して。人ひとりぶんの質量が、部屋全体から一点に集中しているのだ。偏在していた巨神が実体化したかのように。
―――試されてる。
ベルナルはそう、悟った。資格のある者だけが部屋の主人と対面することができるのだ。
大きく息を吸い込む。目を閉じる。両手で頬を叩く。
この奥にいるはずの人物。自分より一カ月だけ小さい同族に会うために、自分はここに来た。彼女が助けを求めている。
この部屋は箱だ。中にいる猫が生きているのか死んでいるのかは、箱を開けるまで誰にも分らない。もちろんそんなわけはない。現実にはもう結果は決まっている。だが、
己の全知と全能をもって演算する。想像する。シミュレーションする。観測する。事実と想像を一致させる。
意図的に偏らされていた部屋の中の可能性が
ここだ!と確信した瞬間に、ドアノブを捻る。
閉じていた箱が開かれた。
中は、真っ暗だった。カーテンは陽光を遮り、ものが散乱。異様な気配が漂っている。
そして、ベッドの上。
ベルナルが向けた視線の先には、シャツにハーフパンツを履いた獣相の人物が腰かけ、俯いているように見える。
彼女はゆっくりと頭を上げると、こちらを見た。その表情がみるみる驚愕に変わっていく。
―――正解を引き当てたんだ。
確信したベルナルは、相手に歩み寄ると右手を差し出し、そして告げた。
「こんにちは。私ベルナル。あなたとお友達になりに来たの。名前を教えて?」
差し出した右手は、しっかりと握り返された。
―――西暦二〇六五年二月。ベルナルといずもが出会った日の出来事。
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