最初の巨人

「……イオージマ?どこ?」


【イタリア共和国シチリア自治州カルタニッセッタ県 陸軍演習場】


柔らかな輝きだった。

砂浜を歩いているのは、見上げねば全貌を捉えられぬほどに巨大な構造体。全高五十メートルものそれは、衣を風にながら、ゆっくりと前に進んでいる。

陽光を反射する一万トンの巨体を彩るのは、白。小麦のような淡い黄金色。それらの間を行き来しつつ揺らめている。戦衣に身を包み、長いたてがみを豊かな髪のように垂らし、髪飾りをつけ、獣相を備えた戦女神像である。

史上初めて誕生した人類製第五世代型神格、"神殺しの巨人テュポン"。その最初の一体だった。

超テクノロジーによって生み出された作り物の神の歩みは静かだ。過去にこの砂浜を歩いた無数の神格と同様に。第二種永久機関の作用によって、音が吸収されているからである。

途方もない力を内包したこの破壊兵器はしかし、未完成だった。第五世代型神格の巨神の構造は事前にプログラムされない。知性強化動物自身との相互作用によって、自己組織化していくのだ。故にそのデザインすら、同一機種でも個体ごとに異なる。ある程度の傾向は与えられるとしても。

それですら、既存の神格とは隔絶した力が備わっていることが、見る者には伺えた。

テュポンは黙々と歩み続けている。砂浜の端まで進み、戻り始めた段階で。

「ベルナル。もういいわ。一度休憩しましょう」

上方よりかけられた声に、神殺しの巨人は動きを止めた。

その前に降りて来たのは、翼を備え、兜で顔を隠したサファイアブルーの女神像。モニカの"ニケ"である。

「お疲れさま。どうだった?新しい体の調子は」

「最高!とっても楽しい。いつまでも歩いていたいくらい」

モニカの問いかけに、テュポンは。その神格であるベルナルは本心から答えた。この拡張身体は凄い、とは聞いていたが、実物は想像をはるかに超える。センサー系から入力される神羅万象、ありとあらゆる事物に関する情報は過不足なく整理されてベルナルの脳に届けられるし、指先、いや髪一本の先まで自分の意のままだ。力は溢れ、尽きるということを知らない。訓練がなければ一気に太陽まで飛んで行ってもいい気分だった。やろうと思えば本当にできるに違いない。

これだけの力があれば、ベルナルの願いは叶うだろう。どこかの星を開拓し、人が住める世界を作り出す。一面の花畑にするのだ。

まさしく神の力。神格を生み出しておきながら神々が到達することの叶わなかった、技術的特異点シンギュラリティ・ポイントの先に、人類はたどり着いたのだ。

それがとても誇らしかった。

「さ。一度巨神を仕舞いましょう。休憩!」

「はあい」

ふたりの拡張身体が急速に霧散していく。後に残ったのは、獣相を備えた女の子と、それよりさらに小さな金髪の少女。ベルナルとモニカだった。

砂浜に降り立った二人は、傾斜の上に設営された天幕を目指して歩いていく。今回は急だった。予定より大幅に早くベルナルが成熟を迎え、それに合わせてひとりだけ訓練メニューが組まれたのである。肉体的な力加減と、ひとまず最低限の巨神の取り扱いについて。安全な日常生活を送るのにこの二つは不可欠だ。おかげでベルナルの訓練着は作業用のツナギである。成長した体にあわせて戦闘服は作られるから(職人の手作りだ)まだ間に合っていないのだった。

「おっとっと」

ベルナルがふらつく。やはり疲れたらしい。自覚は全くなかったが。

「大変だったみたいね。でもあと少し。明日のメニューを片付けたら、ナポリに戻れるわよ」

「そっか。ずっとここで練習してるわけじゃないんだね」

「そりゃあそうよ。本格的な訓練はみんなと一緒になってから。それまでは子供でいることを楽しんでなさい。人生で一度っきりなんだから」

「はあい」

天幕に戻ると、ゴールドマンが待っていた。いや。彼は、スマートフォンでどこかと通話中であった。何かあったのだろうか。

顔を見合わせるベルナルとモニカ。

やがて通話を終えたゴールドマンはこちらに向き直ると、ベルナルに告げた。

「ベルナル。急なことだが君にしか頼めない仕事ができた。すぐに太平洋。硫黄島に飛んでくれるかい」

「……イオージマ?」

聞いたことのない地名にベルナルは、首を傾げた。




―――西暦二〇六五年二月。ベルナルといずもが出会う二日前の出来事。

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