早すぎる成人式

「大人になんてなりたくなかった。ずっとは無理でも、みんなと同じくらいは子供でいたかったんだ」


【東京都新宿区 都築家近辺 商店街】


「いずもはご機嫌だ」

「サンタさん!トナカイ!!クリスマス!!」

答えになっていない答えを相火に返したのはいずもである。手にしているのは買ったばかりの巨大な靴下。を模した、プラスティック製の容器だ。中身はお菓子で一杯だ。

聖夜を目前とした商店街のアーケードはどこか心躍る音楽がそこかしこから聞こえてくる。戦時と言う事実から切り離されたかのような空間。

「楽しみかい?」

「たのしみ!」

いずもの肉体年齢は既に十五歳を上回っているというのにこの有様である。もっとも、その知性は素晴らしい水準に達していた。三重四重に入り組んだ形容詞を用いた人間には理解できない詩を作りあるいは理解することができるし、ABC問題の証明を異なる角度から論じることもできる。肉体はとっくに生体コンピュータとしての機能をフルに発揮できるようになったし、順調にいけば来年の三月か四月あたりには神格としての能力も構築されるだろう。人類史上最強の兵器が誕生するのだ。

「"たいほう"も一緒だったらよかったのに」

「仕事だからなあ。しょうがないよ」

「仕事きらーい」

我が子の言に、相火は苦笑。たいほう。あの八咫烏の娘はすっかりいずもと打ち解けた。一緒にいられればお互いに喜んでいただろうが、彼女は仕事で樹海の惑星にいる。次に帰ってくるのは来年になるだろう。代用宇宙戦艦である八咫烏級の軍務は過酷になりがちで、三カ月勤務を経ると次の六カ月は検査と訓練が集中的に行われる。カタログスペック上は年単位で宇宙を航行できるが、十分な数が確保できている今ではそこまで無理をする必要はない。従来型の宇宙戦艦のスケジュール―――作戦行動、整備、訓練を各3か月で行う―――のローテーションと合わせている、とも言えた。

「代わりにおじいちゃんの所でいっぱい遊ぼう」

「うん!皐月と芽衣、ちっちゃくなったかなあ」

「大きくなった。だろう?いずもの方がずっと早く成長するから、追い越しちゃっただけだぞ」

「はあい」

この一年半あまり、いずもはたくさん遊んできたのを相火は思い出す。知性強化動物の子供は遊ぶ。遊びを通じて仲間とのコミュニケーションの仕方を学び、肉体と神経と脳を発達させるからだ。多くの生物の子供のように。

知性強化動物が最低十二体セットで生み出される理由のひとつもそこにある。同種の生物でなければ継続した遊び相手になれないからだ。人間の子供との触れ合いは知性強化動物にとっても貴重な機会だが、成長速度も知性も違いすぎる。

とはいえ、まだいずもが子供でいられる期間は三カ月も残っている。肉体的にいずもら九頭竜級が成熟すれば、もはや子供ではいられない。本格的な訓練が始まるのだ。

だから今は、貴重な猶予期間だった。

サンタやトナカイの仮装をした店員の相手をしながら商店街を抜けたところで、いずもは空を見上げた。

「わあ。雪だ……」

ちらちらと、雪が舞っていた。恐らく東京では今冬最初だろう。

うれしそうに飛び跳ねるいずもを、相火は優しく見守った。

やがて、横断歩道で止まるふたり。他にも幾組かの歩行者が立ち止まっている。ここを渡れば家はすぐそこだ。相火ら知性強化動物開発スタッフが合同で開催する、恒例のクリスマスパーティは数日後に迫っている。それが済めば冬休み。九頭竜の子供たちは保護者と共に年を越すだろう。楽しい思い出となるだろう。

相火はそうなることを信じて疑わなかった。

そうはならなかったのは、歩行者の一組。母親に手を引かれた幼子が、何を思ったかその手を振り払うと走り出したからである。

「あっ」

車道に飛び出した幼子に気付いたいずもは、そちらに手を伸ばした。伸ばそうとして、届かないことを悟った。その段階で彼女は追いかけ、捕まえようとしていたのである。幼子を。

急ブレーキ音が聞こえたときには手遅れだった。

衝撃。

間が悪いことに、突っ込んできたのは自動運転のトラックだった。それも、かなり大型の。

相火が気付いた時には既に、ことは終わった後だった。道路に転がるいずもと、庇われた幼子。

「いたたた……あれ?なんともない?」

むくり。と上半身を起こすいずも。

いずもが茫然としているように、相火も茫然としていた。人間と大差ない身体能力しか持っていない子供の九頭竜が、トラックにひかれて無事で済むはずがないというのに。

「いずも……大丈夫なのか」

「おとーさん……いずもはへいきだよ。擦り傷だってへっちゃら。……あれ?」

ひかれた時に出来たのであろう、いずもの手の擦り傷。

それは、たちまちのうちに治癒していく。まるで完成した神格のように。いや。ような、ではない。それは実際に神格の作用なのだろう。本来ならばあと三カ月以上経たねば完成しない、九頭竜級の生理機能に依存した回復力。

先日検査した時にはまだ影も形もなかった機能が、いずもの体内では急速に完成しつつあるのだ。と言う事実を、相火は悟った。

もはやいずもに冬休みを楽しませてやる機会が失われたのだという事実も。事故にあった体を検査しなければならなかったし、本当に神格の力を身に付けつつあったのであれば外を歩きまわらせるわけにはいかない。適切な訓練期間なしにそうすることは周囲に大きな危険をもたらすからだ。

それらの事情を口に出しかけ、そして飲み込んだ相火は歩み寄った。まだ立ち上がれていない、我が子へと。

「無事でよかった」

相火は、いずもを抱きしめた。




―――西暦二〇六四年末。人類製第五世代型神格の成熟が初めて確認された時の出来事。

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