親友の告白
「これは"ドナ"としての遺言になる。そして君へのお願いでもある。
頼む。私を殺して、そして、生き延びてくれ」
【
「足はすっかり治ったようだな。よかった」
デメテルは本心から言った。
「……デメテルさん」
「横、いいかな?」
茫然とする麗華の返答を待たずにデメテルは腰かける。ようやっと労働から解放された腰が悲鳴を上げた。先日ドラクルに撃墜されて以来大変だったのだ。砕け散っていく巨神から咄嗟に脱出したものの何千メートルも自由落下し、大地に叩きつけられた。内臓も幾つか破裂。動けるまで回復した段階でようやく、撃墜された輸送機を探しに出かけた。麗華が生きている痕跡を発見した時は喜んだと同時に後悔したものだ。麗華の監視と言う命令が生きている以上、こうして追い掛けねばならなかったから。
「どうして?」
「私の任務は、君の監視だから」
夕日が横から照らす中、ふたりの視線が交差する。
「……」
「けれど、今は。
今だけは、もういなくなってしまったドナの代わりにここに座る事にする。"デメテル"としてじゃなく」
「……デメテル、さん……」
「麗華。これからいう事はあくまでも私の想像だ。"ドナならこう答えるだろう"と思う事を言う。
……という事にしておいてくれ」
「……どうして。どうしてなんですか」
「だって、私は、君が大好きだから」
そしてデメテルは、語り始めた。自らがこれまで黙っていた真実を。
◇
―――どうする?雲行きが怪しくなってきたぞ。
―――もう少しまって。ギリギリまで手出しは控えよう。
「―――了解」
ノイズに偽装した通信を仲間と交わしながら、アデレードは―――人類製第三世代型神格"
あの黒髪の少女の監視を開始してからしばらく経つ。彼女が神格で、自分の意思を取り戻しているのは今までの状況証拠からしてもほぼ間違いない。彼女をまだ保護していないのは、追ってくるであろう神々の軍勢を一網打尽とするためだった。ずいぶんとおかしな状況だったが。
それにしても。
―――ブリュンヒルデとデメテル、か。
アデレードはその二つの名を知っていた。遺伝子戦争期、故郷オーストラリアを破壊し尽くした赤い悪魔とその相棒。人類側神格ヘカテーを殺し、門の向こうへと姿を消した、伝説的眷属たちだった。とっくの昔に死んだと思われていたが、まさかこんな場所で出くわすとは。
運命だったのかもしれなかった。ヘカテーの神格をベースに生み出された後継機"
物思いにふける間にも、ふたりの眷属たちは立ち上がる。変化が訪れつつあったのだ。
アデレードは状況を注視し続けた。
◇
「私は眷属だ。それは間違いない。神々に心を支配され、何一つ、それこそこの世で最も大切な友達を守ってあげる事すらできないんだから。
けれど、私の心は塗りつぶされたわけじゃない。"デメテル"には罪はないよ。私の頭の中に入っている神格は、ブリュンヒルデとは違う。こいつには人間の肉体を乗っ取る機能はない。私に課せられた思考制御は、私の脳に直接焼き込まれている。私の意志を服従させるものだから」
デメテルは、己を見つめる麗華の視線が決定的に変わったことを悟っていた。そう。自分は最初から神格に脳を奪われてはいない。ある意味ではもっとひどい状態のまま、五十四年間を生きてきたのだ。
恐らく最後となるであろう、麗華との会話を続ける。
「これは"ドナ"としての遺言になる。そして君へのお願いでもある。
頼む。私を殺して、そして、生き延びてくれ」
「……無理だよ。ドナ。巨神のない今の私じゃ、あなたに勝てないよ……」
「分かっている。無理を承知で、それでも頼む。じゃないと、私はもう一度君を連れ帰ってしまう。君が再び、ブリュンヒルデにされてしまう。こんな気持ちのまま、この先何十年、いや、ひょっとしたら何百年、何千年も生かされ続けなきゃいけない。その方が地獄だ」
「……分かった。何とかやってみる」
「ありがとう。その言葉だけで救われる」
デメテルは思う。自分は勝つだろう。巨神の有無は圧倒的な差だ。真正面からぶつかれば、麗華は勝てる道理はない。だからこそ言いたいことを言えた。禁則に邪魔されずに。酷い話だ。
だが、それでも。麗華ならばきっと何とかしてくれる。どれほどの困難があろうとも。
ふたりは立ち上がった。そのまま十歩ほどの距離を取ると、麗華はサバイバルキットから大型のナイフを。デメテルは虚空から、槍にも似た長柄の武器を掴み出す。
「―――始めよう」
金髪の眷属が宣言すると同時。
麗華は、刃を首に当てた。自分自身へと。
あまりに予想外の出来事。それゆえ、デメテルの反応は一瞬遅れた。
首が飛んだ。空高く。首環を離れて。
巨神の制御を阻害する信号が届かぬほどに。
虚空から出現した霧が実体化し、小屋ほどもある巨大な拳を形成。それは、力一杯にデメテルを殴り飛ばす。
血が噴出しつつ倒れる胴体から首環が転がり落ちた。
そこへ、赤い霧がまとわりつく。首の断面にも。出血が止まる。
分子運動制御に運ばれ、二つは繋がり、最後に固定された。
神経系がバイパスされる。血管の一つ一つが再接合される。それは流体によって仮止めされたに過ぎないが、神格の驚異的な再生力によって早くも癒合が始まっていた。
完全な回復には数日の時間を要するであろうが。
殴り飛ばされたデメテルは、木に叩きつけられ、そして動けなくなっていた。ダメージそのものは深刻ではなかったが、動けるようになるまでしばらくかかりそうだった。己の命を奪うには、それで十分のはずだ。
「……君は、相変わらずやると決めたら無茶だな」
「うん……」
麗華は立ち上がるとナイフを手に、今は人類の敵となった親友の元へ歩み寄った。止めを刺すためだった。
デメテルの瞳は、まっすぐ少女を見上げていた。最期の一瞬まで、友の姿を焼きつけるために。
ナイフが振り下ろされた。
―――西暦二〇六四年四月。虹蛇級知性強化動物が誕生して十年目の出来事。
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