積乱雲からの強襲

「あ———」


樹海の惑星グ=ラス南半球 空中】


青空の下だった。

幾つもの巨大な雲がまるで山脈のように群がる中、飛翔する編隊があった。

そのうちの一機である輸送機。巨大な腹の中に各種貨物を積み込んだ鈍重な機体の中で、デメテルはぼんやりと窓の外を見ていた。

すぐ前に置かれているのは人がちょうどすっぽり収まる大きさの医療用ポッドである。中身は麗華ブリュンヒルデだ。強制的に薬物で眠らせた上で、閉じ込められているのだった。デメテルともう一人の眷属。オニャンポコンがその警備に乗り込んでいる。周囲には護衛の気圏戦闘機。いささか厳重すぎるきらいはあるが、それもやむを得まい。神々の人類側神格に対するアレルギーは相当なものだ。遺伝子戦争期でも大きな被害を被ったし、今の戦争のきっかけになったのも人類側神格によって開かれた門だ。そして開戦時点での国連軍の指揮官はあの"天照"である。過剰な反応をするのも分からないではなかった。

とはいえ、もはや国連軍が人類側神格を兵器として投入することはない。もっと高性能な知性強化動物がいる今、その歴史的意義は終わろうとしている。

傍らで延々としゃべり続けているオニャンポコンに生返事を返しながら、ポッドに目をやる。

神々と地球人類との間では和平交渉が行われているという。それが実現していないのは、神々が意見を統一できていないためだった。徹底抗戦を叫んでいる者たちがいるのだ。今もまだ。

その者たちのせいで、自分たちの生命と尊厳が脅かされているのだと思うとやりきれなかった。人類と戦いたければわたしたちを巻き込まないでくれ。勝手に死んでくれと。

どうせ、人類の要求を受け入れるより他ないのだから。

デメテルは、再び窓の外へと視線を戻した。戻したところで―――

異変。

味方の消滅を、デメテルは知った。データリンクが途絶したのである。手すりを掴み、立ち上がった時点で衝撃波が襲来、機体を揺らした。もちろんそれを予期していた彼女は、壁に叩きつけられるような目には遭わなかった。ただ、床に固定された貨物へ一瞥したのみ。

「―――行くぞ」

「あいよ」

同様に身構えていたオニャンコポンは同意。ふたりは機外への扉へ駆けつけた。


  ◇


―――来た。

ミカエルは、隠れ場所で笑みを浮かべた。狙い通りに獲物がこちらに接近しつつあったからである。最近は本当に仕事がやりやすくなった。地上の様子は丸見えだ。神々の防空網を縫って飛行するのは今でも楽ではないが、軌道上から輸送機のルートについての情報を得て待ち伏せするのは簡単だ。

虚空から槍を。身構える。全身の熱量が槍へと流れ込み、本来バラバラなその熱運動が一方向に束ねられ、そして投射される。

その初速は、音速の二十四倍にも及んだ。

六百トンの槍は、隠れ場所。すなわち積乱雲を飛び出し、衝撃波を伴いながら直進。その進路上で交差する、気圏戦闘機へと突き立った。

そんなものが衝突して耐えられる道理はない。

気圏戦闘機は、粉々に吹き飛んだ。

積乱雲より飛び出す。隠蔽モードから戦闘モードに移行。並行して主感覚器を光学へと切り替え。急速に広がる視界に入ったのは、散華していく残骸とそして残る四機の獲物たちだ。うち三機の気圏戦闘機は出力を高めると主砲を旋回。強烈な荷電粒子ビームを投射した。小癪な。と思う暇もなく体が反応。盾が一撃を受け止め、二発目は身を捻って回避。三発目が直撃する寸前、新たに掴み出した槍に触れて

槍を構成する流体が生じた、強烈な磁場の威力だった。アスタロトイレアナ直伝の防御テクニック。

ミカエルは五十メートルの巨体で躍動感たっぷりに槍を。身長の四倍ものそれに膨大な熱量が流れ込んでいく。臨界に達する。その瞬間、二射目を

電磁流体制御によって衝撃波を抑制しながら飛翔する槍の速度は音速の二十四倍。環境にも配慮したクリーンな攻撃は、哀れなる二機目の戦闘機のエンジンを損傷せしめた。

煙を吹いて墜落していくそいつにわき目も振らず、次の獲物を選ぶ。新たな槍を。あれにしよう。輸送機。流体の霧が立ち込めているが構わない。第三射。

強力な一撃は、虚空より出現した長柄武器に激突。火花を散らしながら飛び去っていく。

ミカエルは、敵が実体化する過程を注視した。

ライムグリーンの霧が集まる。密度が増す。光を乱反射する。武器を持つ腕が構築されて行き、胸部。腹部。頭部。たちまちのうちに全身が構築され、そして仮面が顔を覆い尽くして女神像が完成していた。

更にはその隣に黄色い男神像。きねで武装し、不可思議な仮面をつけた巨体が出現する。

人間の脳を乗っ取り、その思考力を用いなければ何もできない殺人マシーンども。しかし恐れるに足りない。どれほど強化されようとも肉体は人間に過ぎぬ。ヒトは巨神の制御に最適化された生命ではないのだから。

さあ。みなごろしとしてくれよう。その事実をもって、犠牲者たちへの手向けとしようではないか。


  ◇


―――ドラクル!

デメテルは戦慄した。輸送機を守ることはほとんど不可能と悟ったからである。極めて強力な神格であるドラクルは、眷属二柱と残る気圏戦闘機をもってしても撃破が困難だ。

もちろんそんな懸念などお構いなしに、敵は盾を掲げた。かと思えばそこから四本の筒を射出したのである。

神対神ミサイル。戦訓が積みあがった現在ですら防御の困難な神格用ミサイルのベストセラーは、空中で軌道を変えると増速。音速の三十倍で眷属たちへ殺到した。

「畜生め!」

オニャンコポン操る黄の巨体は杵を振り上げた。分子運動制御を大気に対して開始。熱運動を一点へと束ね、収縮を開始させる。膨大な質量が殺到。円筒を包み込むように結晶化し、そして巨大な球体と化した。

それがたちどころに四つ起き、そしてそれぞれが明後日の方向へと飛んでいく。

安堵している暇はなかった。何故ならば今の攻撃はフェイントだったからである。ほとんど瞬間移動のように眼前へと出現したドラクルが突き出してくる槍は、不思議なほどにゆっくりオニャンポコンへと迫った。

―――世話が焼ける!

オニャンポコンが死ななかったのは、ひとえにデメテルが出した助け船のおかげであった。振り下ろされた長柄武器が槍と激突して軌道を逸らせたのである。

攻撃を妨害されたドラクルは、気分を損ねることもなく。まるで液体であるかのように、その全身が震えたのである。それは槍へと集中、接触したままのげきとそれを支える両腕に、致命的ともいえる威力を発揮した。

「―――!」

粉々に砕け散る、ライムグリーンの両腕。強烈な超音波によって、いともたやすく破壊されたのだ。

勢いに任せて振り切られる槍を辛うじて回避するデメテル。彼女は両腕を復元しようとしていた。そうしながらも、周囲を警戒。人類製神格が単独行動しているはずがないからだ。もう一体はどこだ。どこからくる?

新たな敵は、デメテルの予想した方向から、予想を遥かに超える速度でやってきた。

—――太陽が、陰る。

それを認識した瞬間には既に手遅れだった。真上から投射される、銀色の槍。

強烈な攻撃の目標はデメテルではない。彼女の任務。守るべき輸送機そのものを、貫いたのである。

「あ———」

爆発。

幾つにも分断された輸送機の残骸は、部品をまき散らしながら落下していく。運ばれていた麗華とともに。

デメテルが茫然自失したのも無理のないことだっただろう。もちろん、そんな好機を見逃す敵ではなかった。振り切った槍は勢いのままに、そして投射される。

強烈な一撃は、デメテルの———その、宝石の女神像の胸を貫いた。

ひび割れは一瞬で拡大し、そして。

ライムグリーンの巨神は、粉々に砕け散った。

「―――デメテル!?」

回避軌道を取るオニャンコポンは悲鳴を上げるが、しかし上空からの第二射に対して手一杯。

砕けた巨神の亡骸は、まるで雨のように遥か下界へと降り注ぐ。かと思えば、たちまちのうちに大気へと溶けて消えて行った。




―――西暦二〇六四年四月。神々の武装解除が行われる三年前の出来事。

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