胡散臭いにもほどがある

「あの怪物たちの正体、か。一言で言ってしまえば、あれは異世界の知的生命体だ」


樹海の惑星グ=ラス南半球 諸島海域】


「私の名は"デメテル"。相は"豊穣"だ」

「あー。蛭田、麗華です。西暦一九九四年生まれ、北城大付属高校二年A組、天文学部、神戸市在住の十六歳……だったんですけど」

それぞれデメテルとブリュンヒルデの自己紹介である。

ブリュンヒルデは。いや、つい先ほどまでブリュンヒルデだった少女は周囲をきょろきょろ。彼女の主観では今は西暦二〇一〇年ということになるのだろうか。正直に話しているのであれば、だが。彼女の概念上でおかしなものは、この天幕の中にはないはずだ。巨神も宇宙戦艦も神々も、立体映像も知性強化動物も。ハイテク製品は何もない。強いて言えばふたりの戦闘服は高度なテクノロジーが使われてはいるが、見た目からは分からないだろう。それ以外であるのは当時の地球のテクノロジーでも作れる手術道具や携帯コンロ、ランプ、軍用糧食と言ったものだけである。

過去を思い出す。遺伝子戦争が始まる六年前。まだ地球が平和だったころ。そして、デメテルと彼女が―――蛭田麗華が出会い、そして共に眷属とされたのもその年だ。夏休み、オーストラリアを訪れた際のホームステイ先がデメテルの家だったのだ。麗華の認識では、今は恐らくホームステイ直前。ふたりが出会う前なのだろう。でなければデメテルの顔を知らないはずがない。

懐かしい過去だった。しかし今は状況が懐かしむことを許さない。

ひとまず、コンロにかけた手鍋コッヘルを持ち上げる。半分を器に移し、に手渡す。

相手はそれに口をつけると、しばし考え込んだ。

「で……色々聞きたいんですけど、何がどうなっているんですか?」

「そうだな。どう説明したものか悩ましいのだが……まず君はどこまで覚えているのだ?」

「……昨日、あ、私の主観で昨日、なんですけど。学校から帰る途中で、海辺で夕日が沈むのを見て、それで―――そこから記憶がない、かな……

気が付いたら、あの、銀色の怪物と戦ってて……」

―――なるほど。

状況を理解したデメテルは、内心で頭を抱えた。何ともついていない。いや。ある意味ではついているのかもしれないが。彼女はもはや完全に蛭田麗華なのだろう。人類側神格。偶発的に生まれることがあるというが、まさか自分の目の前でそれが起きるとは。

彼女が記憶を失っていなければ、殺さねばならないところだった。デメテルの脳内に焼き付けられた神々への忠誠はそれを要求するから。

いや。もし麗華が記憶を保っていれば、それを予期しただろう。身を守るためにデメテルを騙すことなど簡単だったはずだ。ブリュンヒルデとして振る舞い、隙を見てデメテルを殺したに違いない。後は悠々と国連軍に投降すればいい。地球まであっという間に帰れる。友人だった金髪の女の子を殺した後味の悪さに苛まれ、そのような状況にした神々への怒りを覚えながら。自分だって彼女の立場ならそうするだろうから。

デメテルは。この神々の眷属は、自分が極めて難しい状況に立たされたことに気が付いた。脳内の禁則は神々の利益に反する行動を禁止している。何が最大の利益となるかを考えねばならない。

そして。もはや自分が、眼前の友人の敵でしかないのだという事実。

気付かれないようため息をつく。状況は麗華にとって異常の一言だ。先日の巨神戦も覚えている。どんな嘘をついてもバレる。

だから。

次に口を開いた時。デメテルの脳裏には、どのようにするべきかのプランが描かれていた。

「まずは私が何者か説明した方がいいか」

「お願いします」

「私は人間ではない。神々の眷属だ」

「……はい?」

思わず聞き返す麗華。無理もない。

「眷属。神格ともいう。神々の兵器である巨神の制御・管理ユニット。

見たのだろう?あの巨大な神像が巨神だ。

まあ、私自身が神々に建造された破壊兵器だと思ってもらえばいい」

麗華はぽかんとしている。無理もない。だが近いうちにその証拠を目の当たりとすることだろう。基本方針は可能な限り嘘はつかない。ただし核心の部分は隠す。だ。

「……」

硬直している麗華に、さらなる言葉が投げかけられる。

「私だけじゃないぞ。ヒルデ」

「あー。ひるだ、ですけど……」

「それも説明する。

神々の眷属なのは私だけじゃない。君もなんだ」

「あ……わ、私も……?」

麗華は己に備わった異常な能力に、早晩気付く。それが数時間後なのか数日後なのかは分からないにしても。だからこれについても隠すだけ無駄だ。

「ああ。君の名は"ブリュンヒルデ"。相は"渦"だ。

……ふむ。信じられないか」

「そりゃあ、まあ」

「ならば証拠を見せよう」

半信半疑の少女のために、デメテルは手をかざした。

そこに出現したのはライムグリーンの渦。デメテルに紐付けられた、自己増殖型分子機械が実体化を始めたのだ。

それはたちどころに掌の上で自己組織化し、そして完成したのは半透明な短剣。

「―――!」

「これは私の巨神の一部を実体化させたものだ。

巨神を構築する流体は、主人の意志に反応して、自在に形態を変える。セラミックの性質を兼ね備えた、一種の液体金属とも言えるだろう」

短剣はたちどころに霧と化し、次の瞬間には別のものへと変じていた。コップ。毬。ペン。

「こんなこともできる」

流体が次に変じたのは、スマートフォン。

透き通る素材で出来たそれは発光。電源が入ったのだ。更には音楽を流し始めた。曲は今の戦争が始まる前に神々の間でも流行っていた、地球の流行歌。

「君も同様の事ができるはずだ。さあ、やってごらん」

「わたし……」

「だいじょうぶ」

デメテルの見守る前で、麗華は同じようにした。手をかざし、流体を呼び出し、そして赤い剣を実体化させたのである。

「……できた」

信じられないといった表情の麗華。

そんな彼女に、デメテルは微笑む。いや、うまく表情を作れた自信はなかったが。

「これで信じて貰えたかな?」

「……で、でも!あなたが信用できるかどうかは別問題じゃないですか」

「ふむ。……これでどうかな」

なおも不信を言い募る相手に、デメテルは切り札を取り出した。

それは、ロケットペンダント。ごくありふれたものである。

開いた中にあったのは。

「……私と、デメテルさん……?」

写っていたのは、今と変わらぬ姿のデメテル。ブリュンヒルデ。そしてもうひとり、チョコレート色の肌を備えた少女の姿。

ヘカテー。人類側神格として知られる、地球人類の英雄。そしてデメテルたちの同僚でもあった少女だった。

「ヒルデ。君も同じものを持っている。首からぶら下げているはずだ」

言われた麗華は懐を漁り、そして手ごたえ。

開いた中身は、デメテルのそれと同じだった。

「ほんとだ。

……分かりました。私が尋常じゃない事に巻き込まれていて、少なくともお揃いの写真を持ち歩くくらいにはあなたと親しかったであろう事は認めます」

納得したらしい麗華に対して頷くと、デメテルは説明を再開。

「私と君は、今から五十年以上前に建造された。神々の手によって。

私たちはいま主流のタイプの神格の、いわばプロトタイプ。少し型遅れだな。ずっと一緒にやって来た。どんな時も。私は君をかけがえのない相棒だと思っている」

「ご……五十……っ!?」

「ああ。私たち眷属は不老不死だから。まあ暴力や事故で死ぬ可能性は否定できないが」

「……鏡、あります?」

「それを使うといい」

デメテルが指さしたのは、少女が手にしたままの剣。

麗華は、刀身が反射する像を確認した。鏡のように美しく光を反射するそれは、くっきりと少女の顔を映し出している。

しばし難しい表情をしていた少女は、とりあえず実証不能な事は棚上げすることにしたらしい。代わりに厄介な質問を、繰り出した。

「うーん……そこはまぁ、納得することにします。

でも変じゃないですか。なんで、神々に建造された私に、人間の―――蛭田麗華としての記憶があるんですか?」

当然の疑問だった。

ブリュンヒルデとの会話を思い出す。そうだ。自分たちは動く死体リビングデッドのようなものだ。と。

「そうだな……簡単に言うと、私たちは元々人間だったから」

「人間だった……?」

「ああ。ヒトとして死に、そして神々の眷属として生まれ変わった、というべきか。神々の手によってこの世界に運ばれて、ね」

「う、生まれ変わり……」

そう。死んだも同然だったはずなのだ。眼前の友人は。それが生き返った。デメテルが目の当たりにしているのは、一つの奇蹟。

もちろんそんなデメテルの内心をよそに、麗華は胡散臭そうな表情をした。気持ちはわかる。デメテルも同様の立場だったら同じような心持ちだったろう。だが、そもそも状況が異常すぎるのだ。眼前の友人は、半世紀眠っていたのに等しいのだから。

「じゃ、ここは天国って事ですか?」

「違う。れっきとした、物理的に実在する世界だ。

まあ、ここは"神戸"ではない。この世界に神戸という土地は存在しない。そもそも地球ですらない」

「……えーと。つまりどういうことですか?」

「ここは君がいた世界から見れば、異世界と言えばいいのか」

「……」

麗華は、頭を抱えた。


  ◇


ぐつぐつ。

鍋で新たに湯を沸かしている横でデメテルが取り出したのは、インスタントコーヒーの入った小瓶である。

「……異世界なのに、コーヒーはあるんですね」

「うん?ああ、地球にあるものは大抵あるよ。この世界には」

―――神々が略奪してきたからな。

まだるっこしかった。全部麗華にぶちまけてやれたらどれほど気が楽だろう。そして懇願するのだ。いっそ殺してくれ。わたしを殺して地球まで逃げ延びてくれと。叶わぬ夢だったが。

もちろん麗華はそんなデメテルの内心を知らず、胡散臭そうな目を向けるだけだった。どちらにせよこの嵐では、デメテルと二人天幕の中で過ごすよりほかはないが。

代わりに麗華は、新たな質問を繰り出した。会話を続ければいずれボロが出ると考えているのかもしれない。実際出かねない。

「……あの怪物たちは何なんですか?」

「あれか」

デメテルは渋面。

やがてコーヒーが出来上がると、麗華と己の分をカップに注ぐ。

両手でそれを覆うように持つと、デメテルは語り始めた。

ゆっくりと。慎重に。

「あれは、だ。

彼らが現れたのは十二年前。

世界間をつなぐ門をくぐってこちらの世界に出現した奴らは瞬く間に勢力圏を広げてしまった。この惑星の南半球のかなりが今や奴らの支配下だ。

当然、この世界の支配者である神々は黙って見ていたわけではない。

我々のような眷属。戦船。天翔る戦闘機械。様々な兵器を投入し、奴らの勢いを押しとどめようとした。

だが、奴らの勢いは凄まじく、とても押しとどめられるものじゃあない。それでも、最近の奴らは勢力圏を広げ過ぎたか、一進一退だがね。

私と君が属していた部隊は最前線で戦っていたが、壊滅的な打撃を受けてしまった。

生き残りは私たちふたりだけ。

ここは大洋上にある小島のひとつ。最前線に近いが、君の傷が深かったからな。動けなかった。嵐が続いていてくれて助かったよ。敵が嵐を維持しているんだろうが」

「気象まで操れるんですか……?」

「可能だ。大して難しいテクノロジーじゃない」

一気に語ると、デメテルはコーヒーを飲み込む。―――苦い。

麗華が次に言葉を発したのは、自分の分のコーヒーが冷めたころ。

「……あの」

「なんだい?」

「侵略者、って……何者なんですか?」

「ふむ。

一言で言ってしまえば、異世界の。そしてその尖兵である、彼らによって創造された人造神。すなわち神格が敵の主力だな」

「ちてき……せいめいたい」

かみしめるようにつぶやく少女。

それに対し、女神は首肯。

「ああ」

「何が目的で……」

デメテルの返答は、一拍遅れた。

「資源……いや、人間を連れ去るためだ」

「……人間?人間がいるんですか?」

「ああ。この世界には人間がいる。たくさんね」

「そう、なんだ……」

やがて、一区切りついたと見たか、金髪の女神は、少女を気遣う言葉を口にした。

「さ、もう寝るんだ。早く体を回復させなければ」

「私……これからどうなるんですか?」

「味方の陣地まで戻ろう。そこで治療を受ければ、きっと記憶も戻る」

「……はい」

「おやすみ」

「おやすみなさい」

少女は、深い眠りに落ちて行った。

それを見届けたデメテルもまた、眠りに就いた。

明日への不安を抱えながら。




―――西暦二〇六四年三月三十一日。ふたりが国連軍に急襲される直前の出来事。

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