例を見ないほど早く

「昔父さんが言っていた。科学技術はこれから先、急速に進歩していくだろう。人類史上例をみないほど急速に。ってな」


【東京都 上野】


「あれも、ゴールドマンさんが作ったのか」

刀祢の問いかけに、相火は頷いた。

上野のラーメン屋でのことである。久しぶりに顔を合わせ、街中を歩き、そして腹が減って入ったのがここだった。半世紀前の雰囲気そのままの下町風味の店は、客の入り七割と言ったところか。既に昼食の時間は終わりつつある。

そんな親子が見ているのは上の方に設置されたテレビ。ニュースで、生まれたばかりの最新型の知性強化動物の姿が映し出されているのだ。

「"テュポン"。最新の。そして世界最強の神格だよ。特に問題なく成長すれば戦争は終わる。たぶんね」

「そうか。そこまで来たか……」

「感慨深い?」

「そりゃあな。父さんの父さんがはるなたちを作ってるところを見てたからな。人類が神々より凄いものを作れるだなんて想像もしていなかった」

「技術は進歩するもんだよ」

「確かにな。癌の治療が日帰りで済むなんて昔じゃ考えられなかった。検査されて、注射一本でおしまいだ。後はマイクロマシンが癌細胞をやっつけてくれたか、検査を何回かしておしまいだ」

春休み、刀祢が東京に出て来たのは、治療のためだった。胃がんである。父親と同じ病だったが、今やそれは死病ではない。本当に注射一本で治るのだ。午前中に治療を受け、息子と街を歩き、見かけたラーメン屋で昼食をとっても何ら問題ない。今後二週間はアルコール厳禁、くらいか。

進歩したのは神格関連技術だけでは、ない。あらゆる分野がそうだった。病や先天性・後天性の障害はほぼ駆逐された。民間人の宇宙旅行は当たり前になった。無尽蔵のエネルギーが生活を支え、貧困と格差、差別は半世紀前と比べても著しく駆逐された。

異世界に軍隊を送り込むことすら、可能となった。地球人類はもはや、門を神々の世界以外に開くことすら可能なだけの技術を自らのものとしつつある。当面はそうする予定はないものの。

「お前の所も研究は進んでるのか」

「まあボチボチかな。その内公式発表があると思うけど。それまでは待っててくれると助かる。一応軍事機密だからね」

「そりゃそうだ。世界中に開かれた軍事機密だな」

「つくづく、お祖父さんはうまいことやったと思うよ。徹底的に広報を使い倒した。世間に受け入れられる、知性強化動物のイメージを作り上げた。今も開発者はイメージ戦略の重要性を真っ先に教え込まれる。世界中の人が、可愛かった子供が成長して、大人になり、軍服を着て訓練を受けるようになるまでの流れを当たり前のように目にする。人間と知性強化動物が戦場で肩を並べて戦えるのもそのおかげだ。さもなくば、向こうの世界の人みたいに怪物だと思うだろうな、知性強化動物のことを」

幾つかの調査では神々の世界から救助された人間が知性強化動物を見た時、十中八九『怪物だ』と思うという。獣人や、服を着ているとはいえ巨大で異形の猛獣を予備知識なしで見ればそのような感想となるのも無理はないとはいえ。

皮肉なことに、彼らがそれでもパニックにならないのは神々の姿に慣れているからだ。鳥相を備えた人型生物も、獣相を備えた人類製神格も異形という意味では同じ。というわけだ。

やがてラーメンを食べ終わるふたり。

「昔父さんが言っていた。科学技術はこれから先、急速に進歩していくだろう。人類史上例をみないほど急速に。ってな。

相火。お前が生きている間にも進歩は続いていくだろう」

「日々実感してるよ。うかうかしてると、置いていかれかねない」

勘定を済ませたふたりは店を出ると、その場で別れた。




―――西暦二〇六三年。初の人類製第五世代型神格が誕生した年。九頭竜級誕生の前の月の出来事。

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