110回目の聖夜
「今は、過去になかったほど変化の激しい時代だ。ずっと見て来た俺からすれば、そりゃあ明らかだよ」
【エオリア諸島サリーナ島 ベルッチ家】
「おう。今夜は何が見える?」
「そうね。金星往還船が見える、かな」
モニカは振り返り、ニコラに対してそう答えた。寒空の下、庭先でのことである。南天にはいつも通りのオービタルリングとそこに係留されている様々な宇宙船の姿。軍艦も多いが民間船もたくさんある。遠いものでは木星まで行くものもあるのだ。それも商業目的で。
「金星なあ。俺が若い頃は探査機がせいぜいだったってえのに」
「第四世代の神格からかな。強力な機能の試験や訓練を行うために金星まで行くようになったのは。月や宇宙で出来ることもあるけどやっぱり、大気のある惑星上でないと分からないことだってあるし」
腰に医療用外骨格を装着したニコラは、しっかりとした足取りでモニカの横に並んだ。もう百十歳だというのに、外骨格が必要なこと以外の衰えは感じさせない。
「長生きはするもんだ。色々と珍しいもんを見れた」
「もうちょっとだけ長生きしたら、戦争の終わりも見れるわ」
「終わるのか?」
「たぶん。リスカムが制宙権を取ったじゃない。あれで地上にいる神々は日干しになるわ。一カ月や二カ月でどうこうなるわけじゃないけど、どんどんやせ衰えていく。私たちは神々が弱っていくのを待っているだけでいいの。
それに、来年には新型が生まれるもの。今までの神格の常識を覆す性能になるっておじさんが言ってたわ」
「ってーことは、戦争が終わるまで長ければ後五年かかるか。お前の何倍くらい強いんだ、その子たちは」
「うーん。私が一万人いても勝てないのは確かね。一瞬で全滅するわ」
「ってーことは眷属一万体分より強ええのか。そりゃあたしかに戦争が終わるな」
「おじさんに言わせると、そもそも今までの神格が不完全なんだ。ってことみたい。巨神にはもともとそれだけのポテンシャルがあるのに制御装置のパワーが足りないの。神々は、既存の知的生命体の脳で満足しちゃったからそこで進歩が止まったんだって。本来のスペックをフルに発揮していれば、災厄だって防げたはずよ。
ま、そのおじさんにしたって、知性強化動物を作り始めた時に最初に思いついたアイデアがようやく形になった。ってことみたいね。技術の進歩でようやく実現できた感じかな」
「知性強化動物のパイオニアだからなあ。もう四十年?もっとか?俺も歳をとるわけだぜまったく」
ニコラは振り返った。石作りの古い農家の中では、クリスマスを祝いに集ってきた家族や友人らの姿がある。今までも、そしてこれからも続いていくだろう光景。この家はニコラがこの世に生まれるよりずっと前から変わらず、島のこの場所に建ち続けてきた。これから先、ニコラがいなくなった後もずっと建っているだろう。百年後、二百年後も誰かが住んでいるだろう。
しかし。
それ以外の全ては、時の流れと共に変わった。宇宙を飛び交う核融合船。島に毎年のように訪れる知性強化動物たち。テレビのニュースで異世界の景色が映らない日はないし、今自分が腰に付けている機械だって半世紀前には影も形もなかった。
そして、十二歳で時が止まった孫娘の姿。恐らくモニカは千年後の世界でも生きているだろう。その頃には不死化技術の普及も今よりずっと進んでいるはずだ。ニコラは、不老不死の時代が来るちょうどその瞬間にいるのだ。
つくづく、己はとんでもない時代に生を受けたと思う。ならば、せっかくだからそこに一区切りがつくまでは生きてみたい。ニコラは、そう思った。
「さ。久しぶりに帰ってきたんだ。外ばっかり眺めてるのももったいないぞ」
「うん」
寒空の下。ふたりは、家の中に戻っていった。
―――西暦二〇六二年、クリスマス。初の人類製第五世代型知性強化動物誕生の三カ月前、ニコラ・ベルッチが亡くなる五年前の出来事。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます