捕虜交換
「連中、時間には正確ですな」
【
「同感だ。数少ない奴らの美点だろうな。これは。今のところ神々が人類との約束を違えたことはない。まあその約束を交わしたこと自体が数えるほどしかないわけだが」
何もない平原だった。いや。何もない、と言えば語弊があるだろう。そこは本来不毛の地であったが、見回せばまばらに草で覆われ、灌木が生え、時折野生動物の姿が見える。もちろんこの惑星原産の生物ではない。地球産である。
そんな見晴らしのよい地形に部隊を布陣したダウダ・ジャワラ中佐は、副官の言及したものを注視した。
地球のものとはデザインの異なる、神々の航空機が複数。こんな開けた地形ではまともにやりあいたくない相手である。とはいえ、そうなる心配はないことをジャワラ中佐は知っていた。若干の不安はあったにせよ。
「歓迎の準備をしておけ。奴らに対してじゃない。帰還する勇士たちに対してだ」
「了解。兵に徹底させます」
「それと、鳥頭どもは?」
「いつでも出せます」
「よろしい」
航空機はやがて隊列を組んで減速。百メートルほど前方で次々と着陸していった。そのうちの一機。先頭の機体からタラップが下ろされ、一柱の神が降りて来た。鳥相を備え、戦衣をまとった彼はこちらに歩み出る。
その姿を認めたジャワラ中佐は、相手と同様のことをした。狭まる両者の距離。
名乗ったのは、相手が先だった。
「兵官ジア・ガーです。この度は申し出を受けていただき感謝いたします」
「ダウダ・ジャワラ中佐です。お会いできて光栄だ」
両者が交わしたのは固い握手。内心ではどうあれ、表面上はふたりはにこやかな表情を浮かべることに成功していた。
やがて握手をほどいたヒトと神は、儀礼を次に進める。
「これがリストになります。ご検分を」
ジャワラ中佐は相手が差し出した紙のリストを受け取ると、自らも同様のものを差し出す。更には受け取った内容を確認。
並んでいるのは、人名だった。何十人。いや、二百人近くの名前が並んでいるのだ。ジア・ガーに渡されたものも、同様の内容である。
それは、これから交換される捕虜のリストであった。史上初めて、神々が自らの手の内にある人間を、人類に返そうとしているのだった。それが捕虜交換という形とはいえ。
事前に通告されていたものと違わぬことを確認した両者は頷き合う。それは、約定の履行に合意する、合図であった。
神々の航空機が、その搭載スペースを開いた。そこから姿を現したのは多くの人間たちである。
対する人類の側も、待機していた多数の軍用トラックの後部から、多数の鳥相の捕虜が下ろされた。
双方の捕虜たちは、整然と隊列を組んでそれぞれの友軍へと戻っていく。その中には長年の捕虜生活で体が弱り、あるいは戦傷で歩くのが困難な者たちもいたが、彼らはいずれも仲間の手を借りて自ら前進している。そこに種族の差などなかった。
とは言え、ひときわ目を引く光景もある。航空機から解放された捕虜たちの中にいた二人組は、それほどに奇異な組み合わせであったから。
ヒトと神。東洋系の、体が弱っているらしい男に肩を貸していたのは、イギリス陸軍の戦闘服を身にまとった鳥相の男である。
それは、この場を象徴しているかのような姿だった。
それぞれ二百。総計四百名の捕虜が、自陣営へと辿り着いたのを確認した二名の士官は、再び頷き合う。
「これで交換は成立しました。無事に約束を履行してくださったことを感謝します」
「こちらこそ」
両者が再び固い握手を交わした段階で、捕虜交換は成功に終わった。
―――西暦二〇五八年十月。人類と神々の間で初めて捕虜交換が成立した日の出来事。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます