くすぶり続けるもの

「我々は遺伝子戦争後の三十年以上を過ごしてきたが、今の戦争の戦後はどうなっているだろうな」


【ロシア連邦サハ共和国トンポ郡南部地域】


えらく季節外れな山火事だった。

まだ雪が残っている季節でなければ激しく燃え上がっていただろう。森林地帯から、煙がぷすぷすと上がっているのだ。まるで燃えさしのように。いや。実際にそれは燃えさしなのだ。ということを、エレーナは知っていた。

ロシア非常事態省の手配した車から降りたこの人類側神格は、緩やかな起伏に富んだ山林とそこで忙しく働く男たちの姿を見上げると、昔を懐かしんだ。前の戦争のときは男という男がいなくなったものだった。遺伝子戦争は文字通りの総力戦だったのだ。だが、現在異世界で進行中の戦争は、国連軍の総兵力五百万人。第二次世界大戦期のアメリカやソ連はそれぞれ二千万もの兵力を投入していたことを鑑みれば驚くほど少ない。兵士の数で戦争が決まる時代ではないということなのだろう。

「お待ちしておりました」

非常事態省の職員へと頷く。軍が神格を投入するほどひどい状況ではないが、神格がいた方が楽だからお呼びがかかったのだろう。この程度の案件ならば旧式化しつつある人類側神格も役に立つ。

「状況は?」

「残存火災です。去年の十月にようやく消し止めた奴が地下でくすぶってたんですよ。五か月も燃え続けていた計算になります」

「地面を覆っていた粗腐植ダフの下に残っていた火種が雪解けをきっかけに地表に出て来たか」

「おそらく」

「なるほど。まあやれるだけはやってみよう。物理的に防火帯を作るか、植物を不燃物に変えるか、雨を降らせるか」

「雨を。こちらの準備ができ次第、すぐにでもお願いします」

「分かった。待っていよう」

職員が駆けていくのを見送ると、同行していた同居人に向けてエレーナは口を開いた。

「そういえば聞いたか、リューバ。フォレッティの生産が順次新型に切り替えられるそうだ。新型は環境管理型じゃあないから、私ももう呼ばれなくなるかな」

「どうでしょうね。環境管理型神格そのものの需要はなくならないんじゃないかなと。現に今も役立っています。戦争が終わればまたたくさん作られるでしょう」

「それはそうだ」

環境管理型神格は非常に多機能で戦闘以外の物事でも役に立つ。その名の通り環境を操る機能に長け、生命を自在に操ったり情報を取り出したり。今行おうとしているようにちょっとした天候操作も可能である。本職の気象制御型神格と比較すれば、ごくささやかな規模に過ぎないが。

エレーナも、戦争の後遺症から回復した後は時々こういった現場から呼ばれるようになってきた。隔離していた軍がもう安全。と太鼓判を押したからでもある。言い換えればそれ以前は非常に危険だったわけでもあるが。軍はエレーナから国土を守ろうとしていたが、逆に人類社会からもエレーナを守っていたことになる。廃人となっていた遺伝子戦争直後のエレーナが処理されなかったのも、軍の支持が非常に大きかったからだ。その権能によって死の淵より生還した将兵は数万に及び、中にはかなり高位の軍人もいた。また、当時エレーナに救われた人々の一部は今も軍や政府の要職に就いている。彼らにとって、エレーナは今でも英雄なのだ。

「我々は前の戦争の戦後を三十年以上過ごしてきたが、今の戦争の戦後はどうなっているだろうな」

「分かりません。けれど前の時ほどひどくはないでしょう。長引くにしても」

「そうか」

「ええ。そうですとも」

そこで、会話がいったん途切れた。準備が終わるのを待つふたり。

やがて、職員が戻って来てすぐ。エレーナはその権能を発揮し、山火事は無事消し止められた。




―――西暦二〇五七年三月。遺伝子戦争終結から三十八年目、樹海大戦の終結の十年前の出来事。

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