神々の樹海

「見るがよい。知られている知的生命体の全ては、ここから生まれたのだ。大いなる木々のこずえより」


樹海の惑星グ=ラス 空中都市"ソ"】


鬱蒼と茂った森だった。

硝子ガラスのごとき葉を持つ、人類ならば不可思議と表現するであろう木々。それも神々にとっては親しい揺りかごだ。

故に、ソ・ウルナはよくここを訪れていた。仮想空間上に構築された、今はもう失われた古き樹海へと。

「お悩みですか」

「私が今の地位に就いて以来、悩みが絶えたことなどない」

秘書でもある眷属"アールマティ"に答え、若き神王は天を見上げた。枝葉の隙間からこぼれてくる陽光が眩しい。木々の枝葉がぶつかり合う最前線。地球人類が樹冠の譲り合いと呼ぶのと同じ現象が起こっているのだ。見た目は異なるとも、二つの世界の生態系は酷似している。いや、酷似していた。

「皮肉なものだ。他の全ての生命が死に絶えた今も、我らの故郷である樹海。これだけは、惑星上のそこかしこに残り、我らに寄り添っている。それが後数百年、個々の木々の命が尽きるまでのことだとしても」

「現状の環境回復事業でも、ギリギリまで樹海は残しているのもそのためでしょうか」

「その通りだ。

数千万年前、我々の祖先は飛行能力を捨てて樹上生活に適応した。木々の枝葉を飛び跳ね、走り回る姿となったのだ。ごく小さな肉食動物だった。やがてそれは雑食となり、様々な種に分岐した。葉を食べるもの。大型化するもの。果実食となるもの。それらの一派。大型化し、果実食となった者たちが我らの直接の祖先となった」

大樹の一本を、撫でる。ごつごつとした見た目に反したつるりとした手触りは仮想現実とは思えぬほどだ。だが、この樹種はもうこの世には存在しない。複製することはできる。できるが、自然繁殖させることはもう不可能だった。現在は遺伝子サンプルとデータが残されているにすぎぬ。

「やがて祖先たちは直立二足歩行の能力を手に入れた。小さいままならば四足歩行で問題なかったろう。落下したとしても致命傷を負うことはまずない。だが、樹上では大型化した体躯は命取りだった。木は複雑に枝分かれしている。垂直の幹から水平方向に、大枝。小枝と別れていき、先端では栄養分を生産する葉で終わる。故に両眼視によって距離を測る力が発達し、幹を上り下りするために直立姿勢をとってものを掴む腕が進歩した。指は柔らかく変形してものをしっかりとつかめるようになった。落下を防ぐために枝葉の力学的な性質を見極める頭脳が備わった。それは樹海の限られた時期と場所にしか存在しない果実の位置を探し出し、記憶する役割をも果たした。知性と、それを発揮する両腕。そして長距離を踏破することのできる二本の脚は樹海で育まれたのだ」

「人類によく似ています」

「その通り。我々は極めて似通った種同士だ。元々が飛行性だったか雑食の小型陸棲生物だったかの違いでしかない。

文明の発展にしてもそうだ。我々は大地に降り立ってからも、樹木という優れた資源を活用し続けてきた。熱源。建材。様々な道具。食糧ですらある。樹海無くして文明は生まれなかったであろう。

それが今や我らの敵を利するものとなっている」

主人の言いたいことを、アールマティも理解できた。地球人類はこの惑星の各所に残された樹海を有効に活用している。樹海の下を行かれれば衛星軌道上からでは発見できないし、深く茂る木々の枝葉は電磁波すら跳ね返し、神々の捜索機械による活動も困難にしていたのである。最悪な事に、ヒトは神格を樹海に潜ませて神々を攻め立てるという戦術に出ている。巨大な拡張身体を自由に出し入れできるこの超兵器にかかれば、神出鬼没な攻撃が可能だった。対する神々には真似ができぬ。人類は占領地に固執せず、住民を救出して用が済めばすぐに引き上げてしまうからだった。この惑星から逃げられぬ神々とは立場が違う。

結局、神々に出来るのは眷属を大量生産し、人類にぶつけることだけ。

いや。もうひとつ。

「それゆえの、地球への直接攻撃ですか」

「その通りだ。門を通じ、本土を直接攻撃される恐怖に晒すことで、人類から妥協を引き出すことができる。―――というのが推進派の主張だ。わたしをはじめ、多くの大神は懐疑的だがね。しかし他によい案もない。藁にも縋る思いでやっているのだ」

「うまくいかぬ、と?」

眷属の問いかけに、神王は頷いた。

「人類が黙って見ているとは思えん。必ずや妨害が入るだろう。―――もちろんこんなことを大っぴらに話すことはできん。士気に関わる」

「愚痴の相手ならば、いくらでも務めさせていただきますが」

「まさにそなたの意義はそこだ。下僕であるという一点に価値がある。木石と同じよ。何を聞かせても問題ないという意味では」

「はっ」

眷属は、深く頷いた。

「さて。そろそろ戻らねばならぬ。現実では厄介ごとが山となっておろう」

最後にもう一度だけ大樹を仰ぐと、神王は仮想空間を後にした。眷属もそれに続き、退出していく。

観測者を失った仮想空間は即座に停止。消滅していった。次に訪れる者が現れるまで。




―――西暦二〇五三年二月。モスボール状態にあった四十六番の復元作業が開始されてから三カ月目、神々の祖先が樹上より地上に降り立ってから二百万年ほど経った日の出来事。

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