やられたらやり返す

「流しているのはどこの馬鹿者だ。至急やめさせろ!これは人類を不必要に刺激しかねないぞ」


樹海の惑星グ=ラス 空中都市ソ】


「お休み中の所を失礼いたします。陛下」

「……何事だ」

クタ・ウルナ改めソ・ウルナは身を起こした。即位してからまださほど日数が経ったわけではないが、目を回すような忙しさで睡眠もろくに取れていない。数日ぶりに熟睡に入った所で起こされたのである。機嫌が悪くなるのも当然であろうが、非常時である。

自らを起こした眷属は、恭しく頭を上げると空間を。宙に画像を呼び出した。

「十八分前から公開されている映像です」

「また人類が新手の宣伝でも始めたか」

「いいえ。これは我々の側のものです。宣伝ではありますが」

内容を確認したソ・ウルナは、次第に表情を硬くしそして叫んだ。

「流しているのはどこの馬鹿者だ。今すぐやめさせろ!これは人類を不必要に刺激しかねないぞ」

「承知いたしました。至急手続きをいたします」

眷属は一礼すると退出。後には、寝台に身を起こしたソ・ウルナだけが残された。

「何ということだ。遺伝子戦争とは状況が変わったということを、なぜ理解しない……」

映像を再度再生しながら、ソ・ウルナは呟く。流しているのはどこぞの中級指揮官であろう。神々も人類同様単一の勢力ではない。多種多様な国家群が緩やかな連帯を持って各種の出来事に対処している。それでも、先日。叔父に代わって即位したソ・ウルナが出席した大神たちの会議では、この問題について事前に協議が為された。同意が得られていたはずなのだ。

人類製神格の取り扱いについて。人類にとってのその立ち位置がわからぬ現在、迂闊な取り扱いをせぬという取り決めが破られた。

まさか、人類製神格の捕虜を生体解剖する様子を公開する。などとは。

人類製神格は強力だ。神々の眷属と同等の水準に達しているのは間違いない。一部の機種―――恐らく人類製神格としては新型―――は眷属とは別次元の性能だということも。その高性能の秘密が何なのか。幾つか推測はたてられていたが、それもこの1か月ほどでようやく明らかにされつつある。

非常に高性能な人工の生命体。神格用に作られたのであろうこの知的生命体こそが、人類製神格の肉体であった。

現状、一体を倒すのに必要とされている眷属は平均して六体以上。しかも死体を確保できるのはごくまれで、下手をすれば撃破された個体の大半は回収され、戦線復帰している可能性すらある。戦後三十年でここまで到達したのであれば、今後も高性能化していくことが予想された。それに対して眷属の性能は頭打ちだ。現状でもこの戦闘力の格差は深刻だというのに。人類製神格は恐らく眷属より遥かに高価であろうが、それとて箸にも棒にも掛からぬ程に性能差が開けば意味をなさなくなる。

人類製神格をそのままコピーすることも恐らく不可能だろう。生命は非常に複雑かつデリケートなシステムだ。しかも神格によって、誕生時とは大きく異なる構造に肉体が変質させられている。確保した死体や捕虜をそのまま調べてもヒントにしかならぬ。神格部分そのものの水準は神々でも建造可能なレベルでしかない。やはり肉体が問題なのだ。仮にコピーできたとしても、成長までにどれほどの時間がかかることか。更に言えば実戦投入できる頃には既に型落ちになっている可能性が極めて高い。意味がない。

そしてもう一つ、厄介な点。それは、人類製神格が知的生命体であるということだ。生体解剖などして堂々と公開すれば、の問題が発生する危険がある。少なくとも、人類がそう受け取ったとしてもおかしくない。

控えめに言っても最悪だった。

ソ・ウルナは、身支度を始めた。


  ◇


【門 地球側 旗艦司令官室】


「やっと後任の人事が決まったらしい。交代はまだ先だが」

「時間がかかりましたな」

志織は、自らの副官の言葉に苦笑した。

自らの人事に関する話題である。元々志織は演習艦隊の指揮官だったのが、門開通に伴い暫定的に門とあちらの世界についての指揮を担当している。泥縄式に部隊の規模も増強されて行った。再編作業と指揮官や部隊の交代も段階的に必要な時期が来ている。

後任の指揮官については心配はしていない。有能な者が来るようだ。だから必要なのは引継ぎの準備である。

そのことについて部下に指示しようとしたとき。

「―――司令。情報部から連絡が。どうやら神々がまた新たな動きを見せたそうです」

「ふむ。こちらに回してくれ」

オペレータからの知らせに指示を返すと、志織は端末を確認した。その表情はたちまちのうちに硬くなる。

「読んだか?」

「はい」

「よろしい。―――報復措置の準備は?」

「都市攻撃については既にいくつか試案が」

「具体化しておくように。国連安保理を招集しなければ。報復措置の承認を得る」

「了解しました」

「通信室を使う」

告げると、志織は端末を抱えて立ち上がった。副官がそれに続く。

神々に、今回の戦争のルールをしっかり教えてやる必要があった。奴らがここまで愚かだったとは。

立場を教えてやる必要があった。

志織は、司令官室を後にした。




―――西暦二〇五二年。神々の都市に対する最初の直接攻撃が実行される三日前の出来事。

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