樹海大戦

「誰にも不可能であろう。人類の攻撃から、我々の都市を守り通すことなど」


樹海の惑星グ=ラス 空中都市"ソ"】


朝日に照らされる雲海が、広がっていた。

そこは寝室。広大なる面積を持ち、床は青く美しいタイルで覆われ、天井に描かれているのは巨匠の手による神話であろう。貴人のための空間であった。

その窓際で、かつてクタ・ウルナと呼ばれ、今日よりソ・ウルナの名を持つことになる神は下界を眺めていた。

「お顔色が優れませぬが」

「気にせずともよい」

「はっ」

クタ・ウルナは、その鳥相を傍らの従者へと向けた。

ヒトの女の姿を備えた従者は眷属の一柱。自らの前任者。叔父が手ずから創造したという高性能な神格だと聞いている。個体名は"アールマティ"と言ったか。

叔父が。先の神王ソ・トトが遺した遺産のひとつ。

そう。ソ・トトはもうこの世にはいない。遺伝子戦争以来、ヒトの手にかかって死んだ二柱目の大神となった。

最初の一柱。地球侵攻計画を主導した、偉大なるミン=アに続いたのだ。そして、次の一柱が出るかもしれない。事態はそれほどにひっ迫している。

そう思うと、臓腑が掴まれるような重圧を感じた。

「……この空中都市は無防備だ。神格の槍の一本を受けただけで破滅するだろう。赤道上に浮かぶこの"ソ"は、遥かなる天空。静止軌道の更に上にまで伸ばしたテザーと、その先にある小惑星の質量によって支えられているのだから。

いかに知恵を絞ろうと、人類がここを攻撃することを阻止する術が思い浮かばぬ。私だけではない。いかなる知性を持ってしても不可能であろう。我が種族の全ての都市がそうなのだ。顔色が優れぬ?当然であろう」

「出過ぎたことを申しました。申し訳ありませぬ」

浅黒い肌を備えた巻き毛の眷属は、深く頭を下げた。

そちらから視線を外し、再び外の景色に目を向け直す。神格は所詮、機械生命体に過ぎぬ。その発言に過剰に反応するとは我ながら何と大人げないことか。

しかし実際、クタ・ウルナが抱えている問題は解決不可能なものだ。

人類が都市攻撃のような暴挙に出ていないのは奇跡と言っていい幸運であろう。何しろ遺伝子戦争では、神々によって無数の人類の都市が破壊されたのだから。彼らが神々に対して躊躇なく同様の挙に出ていればどうなっていたことだろうか。人類がためらう理由はない。彼らは神格に命じるだけでよいのだ。都市を攻撃せよ、と。神格の槍の射程は固定目標に対しては、一般的に千キロメートルを超える。ミサイルなどの兵器に頼ってもよい。どちらにせよ、たちまち大惨事となるだろう。それに対して神々は、いまだに門ひとつ攻略することができぬ。

現状そうなっていないのは、この世界に一億ものヒトが住んでいることと無関係ではあるまい。

ヒトは恐ろしいまでに強くなった。クタ・ウルナが知る頃よりずっと。

現在までに行われたすべての攻撃の結果もそれを裏付けている。叔父が直接指揮を執った隕石投下作戦。その陽動として行われた大規模な攻勢では全く人類の防衛網を揺るがす事ができなかった。彼らの勢力圏の拡大速度は低下しているが、その外側でも活発に活動している。既に南半球にある多数の居留地から、少なくとも数万人のヒトが連れ去られていった。驚くべき手際の良さと言えた。こちらについての詳細な情報を持っているのだろう。素早く効果的な隠密活動を可能としているのだ。今のところ救出されたヒトの数は深刻なものではないが、今のペースが加速していけばとてもそうとは言っていられなくなるだろう。

そして、彼らによる宣伝放送。先日から盛んに喧伝される内容は、人類が神王ソ・トトを討ちとり、隕石投下作戦を阻止した。というものだった。事実である。ソ・トトの座乗する旗艦は喪失が確認され、脱出した痕跡は一切見られない。隠し通すことはできない。神王ソ・トトは、大神たちの中でも声望厚く中心的存在の一柱でもある。それが隠れたのだ。神々の間に、動揺が広がっていった。

そのための、クタ・ウルナの即位。本来ならば喪が明けるまで待ってから行うべきであるが、今は一刻を争う。神々の結束を強めねばならない時期だった。

「人類に休む暇を与えるわけにはいかん。アールマティよ」

「はっ」

「支度する。侍女たちを通せ」

眷属は、命令を実行するとそのまま下がった。

代わりに入ってきた侍女たちの持ち物を見てクタ・ウルナは気を引き締める。

それは王の装束。それも、儀礼のためのものだったから。

この日、新たなる神王が座に就くこととなった。



―――西暦二〇五二年五月。神王ソ・ウルナと地球生まれの神とが出会う五年前、樹海大戦が勃発した年の出来事。

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