近宇宙戦

「すごい!」


【地球 国連軍演習用軌道上】


どこまでも続く無。だった

そこには何もない。水も。空気も。大地も。光の恵みすらも乏しい。太陽や星とは、大気の揺らぎあって初めて輝くものだから。ゆらぎとは救いなのだ。

宇宙空間であった。

とは言えそこはまだ大地に属する領域である。下を仰ぎ見れば蒼き地球の姿が広がるであろう。その重力の腕は無視できるほど小さくはない。あくまでも巨大な速度が生じる遠心力によって釣り合いを取らねば、たちまちのうちに捕まった者は引きずりおろされる。

だから衛星軌道上での戦闘―――近宇宙戦には上下の概念が存在する。速度を落とせば惑星に近づき、速度を上げれば惑星から離れる。それが極端になれば、惑星に落下するハメになり、あるいは惑星の重力圏から放り出された。取りうる速度の幅はごく限られている。そこでの戦闘は必然的に、高度な軌道の読みあいとなった。

小麦色の獣神像は。多数の剣とそして自らの四肢を広げ、電磁流体制御を最大として地球上層の荷電粒子を捕まえたのである。

まるで帆のように大気を受け止めたそれは、獣神像の巨体にブレーキをかける。からする彼女は、翼に手を伸ばすとそこから剣を

衝撃。

剣を受け止めたのは、斧。溶岩から削りだされたがごとき巨大な武装は、持ち主である仮面の女神像の操るままに剣と鍔迫り合いを続ける。

恐るべき剛力であった。勢いの乗ったよりの攻撃をいとも容易く支えているとは。

斧で両腕がふさがった溶岩の女神は、だから手を使わずに反撃に出た。全身の構成原子を励起させ、自らのしもべを召喚したのである。突如周囲に出現したのは複数の火球。

一つ一つが熱核兵器以上のエネルギーを秘めたプラズマ火球は、一斉に敵手へと襲い掛かる。

小麦色の獣神像はするりと。嚙み合った互いの刃を滑らせ、自ら下方にして火球どもを凌いだのである。

そのまま彼女は虚空より長弓をと矢をつがえた。それも四本同時に。

敵手より下。陸上競技で内側のトラックへと入り込むように、速度を落とすことで相手をた獣神は、全身の熱量を矢へと流し込む。それは一方向に束ねられ、運動エネルギーへと変換されていった。

射出された矢の速度は、音速の六十倍にも及ぶ。

進行方向に向けて放たれた強烈な四矢は溶岩の女神像の軌道を追い越すと、空中で向きを変更。複雑なを描き、溶岩の女神像目掛けてした。速い。回避の余地はない。

更には命中する寸前、それらは自らの構成原子を励起。強烈なプラズマと化し、目標に襲い掛かったではないか。

溶岩の女神を、四つの炎が包み込む。

爆発が晴れた時、そこにあったのは健在な溶岩の女神像とそして、いつの間に取り出したのであろうか。ひび割れ、半ば砕けた盾であった。

盾と斧。ふたつの兵器で武装した女神は自らも。多数の火球を引き連れて獣神像に襲い掛かった。

対する小麦色の獣神像は迎え撃つ構え。弓を投げ捨て、虚空より長剣を彼女を取り囲むように、背の剣たちが円陣を構えた。総計十二本の大剣が、溶岩の女神像へと向けられたのである。

再度の衝突は、乱戦となった。

たった二柱からなるふたつの軍勢は真正面から激突。剣が発する磁場が火球を切り裂き、火球が剣を溶かした。盾に何本もの大剣が突き刺さり、斧と剣が火花を散らす。強烈な斬撃が女神の肌に

恐るべき防御力。故に優勢なのは溶岩の女神像である。いかに獣神が手数で勝ろうとも防御力に物を言わせて押し切れば良い。

そのはずだった。

されどその動きは急速に精彩を欠いて行く。それが力を使い果たしつつあるためだということを、小麦色の獣神は察していた。

盾が失われ、大剣が尽き、最後の火球が消えうせた時。

斧が、砕けた。不壊であろうと思われた強靭なる武装が粉々となったのである。

その隙を見逃す獣神ではない。

強烈な刺突は、溶岩の女神像。その胴体にできた幾つものひび割れのひとつに食い込んだ。

押し込み、捩じる。ひび割れはどんどん巨大となっていき―――

「そこまで。演習終了!」

演習の首席監督官。サファイアブルーの"ニケ"を操るモニカの言葉と同時に演習モードが解除され、彼我の損害が嘘のように消滅。更には撃破認定を受けて退避していた他の獣神らや、監督官を務めるドラゴーネらの姿が認識できるようになる。

それらの様子を、獣神は茫然と見ていた。

「―――わたしたち、勝ったの?」

「勝ったよ!つよい!すごい!!」

疑問に答えたのは溶岩の女神像。は獣神に抱きつくと、その勝利を讃えた。

「さ。帰りましょ。お疲れ様」

モニカが告げるまで、溶岩の女神は。ペレは、ずっとそうしていた。



【イタリア共和国カンパニア州 ナポリ海軍基地】


「新記録だな」

演習の様子を管制室より見守っていたゴールドマンは微笑んだ。ペレに挑んだフォレッティ十二名がとうとう、初戦で勝利したのだ。まあ十二名中十一名がやられた上での辛勝ではあるが。それでも、この三十年の研究が報われたのだから喜ぶのは当然ではあろう。第三世代型知性強化動物は単純にその演算能力で神格の性能を引き出すだけではない。高度に改良された体性感覚地図によって、肉体と著しく異なる巨神を自由自在に操ることを可能とする。背に浮遊する十二本の大剣は飾りではないのだ。手で保持する長剣と併せて総計十三本。これらを同時に振るうのも容易い。その近接戦闘能力は恐るべきものとなった。

かつて都築博士と交わした会話を思い出す。「僕らは自動車だって手足のように動かせる。なのになんで巨神は身体と同じ形に縛られてなきゃいけないんだ?」と。

人間がフォークや自動車を自在に操れるのと同様、フォレッティは十二本の剣を自在に操れるのだ。イギリスの"チェシャ猫"や日本の"G"、中国と台湾が共同開発している"斉天大聖"なども形こそ違えども同じアプローチを用いている。非人間型だったり、自在に巨神の形態を変形させたりと言った手段で。

オペレータからマイクを借りたゴールドマンは、帰還中の人類側神格たち。そして知性強化動物たちへと告げた。

「見事だった。みんなよく頑張ったな」




―――西暦二〇四七年。人類製第三世代型神格が完成した翌年の出来事。門が開くまで残り、五年。

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