詰め込み過ぎに要注意
「ねえ。究極の生命は作れそう?」
【イタリア共和国カンパニア州ナポリ ゴールドマン宅付近の公園 芝生上】
問われたゴールドマンは顔を上げた。質問者はうつ伏せで芝生に寝転がっているドロミテ。陽だまりが心地よいらしい。通行人が行きかい、子供たちがはしゃぎ、スポーツを楽しんでいる人々の姿も見てとれる。
公園で寝転がりながらの日向ぼっこの最中のこと。フォレッティ級の神格組み込み手術前の最後の休暇だった。明日からしばらくは、ふたりとも休む間もなくなるほど忙しくなる。
ゴールドマンは自らが生み出した
「道筋は見えてきた。と、思う。まあ僕が退任するまでに完成するかはギリギリと言ったところだが……」
「やっぱり難しい?」
「難しい。というか、生命の定義にもよるな。今の第三世代までの知性強化動物は、地球上の生命の範疇にある。ギリギリだけどね」
「そうなの?」
「生命構造の根本はドロミテもフォレッティも同じだ。細胞構造があり、遺伝子を持ちっている。たくさんの複雑な分子が絡み合ってできている。そこは変わらない」
「遺伝子に頼らない生命を考えてるっていうこと?」
「少し違うな。説明がちょっとややこしいんで単純化して説明しよう」
よっこいしょ、とゴールドマンは身を起こした。ドロミテの長い体は枕にするとちょうどよいが、その態勢では説明しづらい。
「例えばフォレッティは全身をコンピュータ化した生命体だ。巨神の性能を極限まで引き出せるようにね。これと生命構造を両立させるために、生命構造それ自体を情報処理装置化することを僕らは選んだ」
「うん」
「けれどこいつには限界がある。僕が若いころにはもう破綻しかけていた概念にムーアの法則と言うのがある」
「半導体の集積率は18か月で2倍になる?」
「正解。けどこいつは陳腐化した。コンピュータを構成する半導体の精密さには限界があった。原子に限りなく近いサイズになったんだな。更にはここまで小さくなると隣の回路から漏れ出てくる量子的な影響をぬぐいされない。トンネル効果だ。まあこいつのおかげでコンピュータは動いてるわけだから一概に悪とも言えないんだが」
「それと同じ事が知性強化動物にも起きる?」
ゴールドマンは頷いた。
「第三世代の知性強化動物は様々な機能を複合して強力なコンピュータに仕立て上げてある。そいつを統御する中枢として、依然として脳は大事だけどね。今北欧三国が共同研究している"
だがこれだといずれ精密さに限界が来てしまう」
「解決法はないのかなあ」
「同じ方法を取っている限りは無理だな。そもそも物体の持つ情報処理能力は限界がある。熱力学第二法則にも関わってくるが、原子の振動が持っている情報は二〇ビットもあるが、言い換えればこれが原子1個あたりに詰め込める情報量の限界なんだ。結局のところ、扱える情報を増やすには重くするしかない」
「詰め込み過ぎたら動けなくなっちゃう」
「それどころか限界を越えたらブラックホールの出来上がりだ。コンピュータの情報処理能力には厳格な物理的上限があるんだよ。まあ実際は、知性強化動物じゃあそこまで詰め込みようがない。密度を増やすわけにもいかない。だから僕が考えているのは、体を大きくすることだ」
「でっかくなるの?」
「幸い、知性強化動物は頼もしい拡張身体がある。巨神だ。制御の対象であるこの物体自体を現状よりも踏み込んだ情報処理に使えれば、扱える情報量は著しく増加する。まあ実現するなら、神格と知性強化動物の距離を今まで以上に縮める必要があるけどね」
「大変だなあ」
「この場合、知性強化動物は第三世代にとっての脳に相当する機能を発揮することになる。現行の流体でも自己組織化の過程で情報処理を行っていたが、そいつを推し進めるわけだ。流体と神格の根本的な改良が必要なんだよ。
肉体の方もよりダイレクトに巨神とつながる必要があるな。現行の第三世代の肉体が処理した情報は直接巨神を制御するわけじゃあない。必ず神格と言う交換機を通す事になる。こいつが曲者だ。体内を伝わっていくからどうしてもその分の距離のロスも出る。この辺はドロミテ達も同じか」
「でも、できるんだよね?」
「たぶん、後何十年かすればね。まあ一気にはたどり着かないだろう。途中で幾つものブレイクスルーが必要だ」
「そのためにも実際に子供を作って、データを取って、改良だ」
「そうだな。もうすぐフォレッティたちが完成する。そうなったらドロミテもしっかり働いて貰わないといけない。あの子たちをしっかり指導してやってくれ」
「頑張るよ」
雑談を終えると、ふたりは再び日向ぼっこに興じた。それは、太陽が陰ってくるまで続いた。
―――西暦二〇四六年。フォレッティ級が完成する一か月前、人類製第五世代型神格が実戦投入される二十一年前の出来事。
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