大ニュース
「母さん母さん。大ニュースだよ」
【イギリスコッツウォルズ地方 捕虜収容所 ドワ=ソグ宅】
家に飛び込んで来た息子を見て、ムウ=ナは苦笑した。グ=ラスは大きくなった。神々の成長速度は人間とさほど変わらない。肉体的には年齢相応の発達を見せていたが、内面はまだまだ幼い面もある。
「どうしたの?そんなに慌てて」
「超光速航行の実験に成功したんだって。大ニュースだ」
ムウ=ナは思わず空を見上げた。窓の向こう、薄雲がかかっているが、その先にはオービタルリングがかかっているはずだった。地球を一周する巨大構造物を構築してからほんの二十年ほど。人類はもう、そこまで進歩したのだ。神々はその二つの技術の間を埋めるのに、数百年の歳月を要したというのに。
「凄いわね。それは」
「でしょう?学校ではその話で持ち切りだったよ」
ワームホールの形成と制御には途方もないエネルギーと、恐るべき技術力が必要とされる。プランクエネルギーと呼ばれる巨大なエネルギーを一点に集中すればワームホールが開き、そして十分な量の負のエネルギーをそそぎこんでやれば開いたワームホールを押し広げてやることができる。中を物体が通ることも可能となるのだ。
専門家ではないムウ=ナはそれ以上の原理を把握していなかったが、しかしそれが途轍もない大事業だという事実は知っていた。
何という進歩の速さなのだろうか。神々の技術情報を得ていたとしても、あまりに早すぎる成果だった。
それは、光速すら超えて隣接する星系。いや、更にその先へ向かうことすら可能になるということだ。
恐ろしい。人類はこの技術をどう使うだろう。たちまちのうちに近隣星系へと拡散していくのだろうか。それとも武器として用いる?超光速技術が実用化できたということは、もっと高度な技術。例えば門を作り上げる事すら可能かもしれない。
宇宙移民は巨大なコストを要求するが、人類はそれを支払い続けるだろう。何故ならば単一の天体にだけ住むことは全滅のリスクを抱え込むことになるから。現実に神々の侵略を受けた以上、そのコストを支払うことに躊躇はしないだろう。
そしてその軍事力。元来軍の士官だったムウ=ナは、人類が生み出している知性強化動物についても息子から得られる限られた情報から、夫より正確な推察と評価ができた。それがどのようなコンセプトの兵器であるのかを。
数年以内に、人類の軍事力は神々を超えるだろう。人間をベースにした神々の眷属より高コストなのは大した障害にならない。今のペースで高性能化していけば、たちまち知性強化動物は眷属の数十倍の戦力を得ることになるはずだった。そこまで性能差が開けば数で互角の勝負に持ち込むのは不可能だ。
もちろん、再び人類と神々が相まみえる機会はない。ないはずだったが。
「どうしたの?」
「なんでもないわ。さ。ご飯を作らなきゃ。手伝ってくれる?今日はスコッチエッグにするから」
「わあい!」
好物の名を出され、喜びの声を上げるグ=ラス。
不安を脇にやり、母親は料理に取り掛かった。
―――西暦二〇四五年。人類が超光速航行技術の実験に成功した年、門が開く七年前の出来事。
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