神獣と怪獣

「あー。今は怪獣映画も撮り辛いのか。神格がそこらじゅうにいるもんなあ」


【東京都新宿区 官舎】


ぺちゃり。と毛玉が潰れていた。

暑さにやられているのははるなである。外は蝉が大合唱。いかな知性強化動物も暑いときは暑い。

長期出張を終えて久しぶりの自宅である。最古参の知性強化動物であるはるなは忙しい。この世界も基本的には年功序列で偉くなっていく。人間と階級の基準が異なるにせよ。なのでその分責任も増えるし仕事も増える。このペースだと十年後にはどれだけ仕事が膨れ上がっているか。いやはや。

つけたばかりのクーラーの冷風が心地よい。なんとなくスイッチを入れたテレビの中では怪獣が暴れている。大昔の怪獣映画らしい。こんなへたれた格好、姉妹や刀祢ならばいざ知らず他人に見せられるものではないから貴重な光景ではあった。

と。

ぴんぽーん。

呼び鈴が鳴ると同時に玄関が開く。呼び鈴の意味がないではないか、と思いながら振り返ってみると、入ってきたのは"ちょうかい"だった。

「やっほー。あっついねー」

「出るまで待ってよ…」

珍客は手土産を持っていた。箱入りのアイスクリーム。棒アイスである。

文句を言いながらも土産を受け取り、バリバリ。破壊した箱からアイスを抜き取り、噛り付く。

ちょうかいもアイスを食べながらちゃぶ台の反対側に腰かけた。

「こればっかりは都築博士を恨むわ……暑い」

「同感。毛深いの、きっついわ」

Tシャツにハーフパンツという涼しげな服装のふたりだったが、しかし見るからに暑そうであった。冷房はまだ効いていないし、何より両名とも人間より毛深い。これが寒冷地の知性強化動物だとまた、変わってくるのだろうが。ちなみに玄武級や、今年中に生まれる予定の日本製の第三世代は夏を考慮してかベースが共に爬虫類である。実際蒸し暑さに強い。

都内の気温は36度を記録。湿度も高い。地球温暖化が進んでいるとは言うがこれは勘弁してほしい。はっきり言って死ぬ。

人口が減った分、人類の生産活動の総量自体は間違いなく減っているはずなのだが。

しばらく黙々とアイスを食べていたちょうかいは、やがて再び口を開いた。

「はるな、聞いた?次級の名前」

「正式名やっと決まったの?2ndG玄武

2ndGは玄武級の代替となる新型知性強化動物の仮称である。正式名称は公募されていたが、何やら問題があったらしくはるなもまだ確定したという話を聞いていない。

「いやそれがさ。公募できた名前が使えなくなってね」

「どうして」

「そりゃ、一番多かった名前がね……」

ちょうかいの出した名称を聞いてはるなも合点した。今テレビの中で暴れているまさにその怪獣の名前である。新型の完成予想デザインは、この怪獣と非常に似ていた。機能的理由あってのことだったが、公募に応募した人々も同じ感想を抱いたらしい。映画の制作会社は遺伝子戦争を生き残り、どころか現在も新作を時折出していた。もちろん権利関係に差し障りがあるから、名前をそのまま使うわけにはいかない。

「じゃあどうするのよ」

「もう仮称のまま、"G"で行こうかってなってる」

「マジかあ……」

ひっくり返ったはるなは、テレビ画面を見やった。戦いはクライマックス。狂った生命工学で生まれた植物怪獣と、火炎を吐き出す怪獣王の死闘の決着がつこうとしていた。

このような怪獣映画も近年では数が減っている。遺伝子戦争以前の懐古趣味的側面があった。現実に異世界からの侵略があり、一万トンから二万トンもある神獣像が主力兵器となった現代では、巨大なヒーローや怪獣が活躍する映画の意味も大きく異なっている。特に人類製神格とどうしても似た姿となる怪獣の立ち位置は変わった。知性強化動物の子供も怪獣映画や特撮は観るのである。

「未来に生きてるねえ。私ら」

「同感」

蝉の鳴く中。映画はスタッフロールが始まった。

ふたりは最後までそれを見ていた。




―――西暦二〇四五年。G級知性強化動物が誕生する年。怪獣映画が出現してから百三十年あまり、知性強化動物が誕生して二十五年目の出来事。

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