外見って大事

「いいなあ。僕も鳥じゃなくて他の動物の方がよかったなあ」


【イギリス イングランドコッツウォルズ地方 公立小学校】


グ=ラスは呟いた。ベンチの隣に腰かけていた友人アーサーは聞き返す。

「それなら村の人に嫌われないから?」

「うん。不公平だよね。他の生き物の顔をしてたらみんなちやほやしてくれるけど、鳥みたいな顔だとみんな嫌がるんだから」

昼休みの校舎裏だった。

空を飛んでいくのは何体もの獣を象った巨大な神像。人類製神格だった。もっとも、少年たちはそれ以外の神格の巨神を見たことがないが。どうもこのあたりの上空は神格の飛行ルートらしく、頻繁にその姿を見る事ができる。

これらの外観を見て、グ=ラスはこぼしたのだった。

「父さんが言ってた。知性強化動物は人間に好かれるような姿に作られるんだって」

「だろうなあ。子供はかわいいし、巨神は格好いい」

「人間は、知性強化動物がみんなに好かれるように他の事でもとってもコストをかけてる、だってさ。テレビでも成長する姿を流すし、宣伝もするし、近くの学校で運動会や音楽会に参加したりもする。教会にだって行く。最初の頃からそうらしいよ」

「君のお父さんは物知りだなあ」

「人間の事を調べる科学者だったんだって。今も間近で観察できるって言ってた」

「今も人間の事を調べてるの?何のために?」

問われたグ=ラスは考え込んだ。

「趣味。なのかなあ?父さんは書生だったんだって。勉強するために、偉い人の所に住み込んで援助してもらう代わりに色々と雑用をやったりしてたらしいよ」

「地球侵略を諦めてないのかと思った」

「まさかあ。昔ならともかく、もう門が開いたりはしないさ。最後の門が閉じたのって僕らが生まれる十年以上前だよ」

「確かにね」

ふたりは、空へ視線を戻した。既に巨神たちは地平線の彼方へと消えている。

「そういえば、グ=ラス。君たちの姿は昔から同じなのかな」

「うん?僕も父さんたちもずっとこんなんだけど。鳥頭のまんまだよ」

「そうじゃなくて、君たちの故郷が災害に遭う前。星を改造したころのご先祖も同じような姿だったのかな」

「どうだろう。父さんに聞かなくちゃわかんないや。けど、たぶん変わらないと思うなあ」

「どうして?」

「人間だって外見を自由に変えられるのにそんなに変えないじゃない」

言われてアーサーは思い出した。テレビで見かける全身義体者たちはみんな普通の顔をつけているし、生命工学が極めて発達した現在でも美容整形で人間からかけ離れたパーツを顔や体につける者はごく少数だ。人間と判別できる程度の改造にとどまる。

「父さんが言うには、人間や僕たちが何を欲しがってるかはこの何十万年で変わってないらしい。衣食住が満たされたら、次に欲しがるのは仲間からの評価なんだってさ。よく見られたいんだ」

「なるほどなあ。だからあんまり仲間と変わらない外見を選ぶのか」

「たぶんね。知性強化動物が人間に好かれる外見なのもそのせいだと思うよ。みんなに好かれるようにして、みんなを好いてくれるようにしてるのかも」

「外見って大事なんだなあ」

「全くだよ」

ふたりは笑い合う。

「考えてる事がある」

「うん?」

グ=ラスの言葉に、アーサーは怪訝な顔をした。

「僕の顔は変えようがないけど、服装は変えられる。大人になったらみんなが尊敬してくれる仕事をして、その制服を着るんだ。そうしたら、僕は胸を張って生きていける」

「仕事?」

「軍隊に入ろうと思ってる。大人になったら」

「いいアイデアだ。けど、万が一また門が開いたらどうする?故郷のひとたちと戦うのかい?」

「大丈夫。開きっこないよ。心配しすぎだ」

「そうだね。確かにそうだ」

アーサーは。この、グ=ラスにとっては数少ない、入学以来の友人は頷いた。

「もし万が一、開いても―――その時は戦うよ。僕の故郷はここだ。地球だ」

グ=ラスは。この、神々の血を引く、地球生まれの少年は宣言した。誇りをもって、高らかに。

「……頑張れよ」

「うん」

やがて休み時間が終わり、ふたりは教室に戻った。




―――西暦二〇四五年。都築燈火によって門が再び開通する七年前の出来事。

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