海賊流商取引
「状況は悪くなることはあっても、よくなることはないだろう。この暑さは、ほんの序の口に過ぎない」
【西暦二〇一六年九月 マダガスカル共和国トラニャロ】
山裾から海に伸びるように突き出た港町だった。
かつて観光客が多く訪れていたという街は荒れ果てている。ゴミが飛び交い、アスファルトはひび割れ、多くの商店は閉鎖している。行き交う人の数は少なく、いたとしても武装した軍人。女子供の姿はほぼない。稼働する機械音はなく、容赦なく大地を焼く熱波の前では生い茂る木々が作り出すカーテンも気休めに過ぎない。
これでさえまだマシなのだという事実を、スーツ姿の連絡員は知っていた。
彼がいたのは入り組んだ路地の奥にある飲食店の一角。貸切られたここで、彼は待っていた。店内には銃をつるした部下たち。いずれも立ち居振る舞いに隙の無い屈強な男たちである。人種は様々で、地味な服装をしてはいたが。
腕時計を見る。時間を三十分ほどオーバーしていた。待ち合わせの相手は遅れているらしい。空調の停止した室内は窓が開け放たれているが、それでも暑くて敵わない。電力制限が課されたこの町ではエアコンは贅沢品だ。港湾とそして隣接するトラニャロ空港に軍事的利用価値がなければ、それすら維持されていなかったろうが。
コップの中身を口にする。ただの冷水だがうまい。窓の外に視線を巡らせる。
銀が、翻った。
外の路地を通り過ぎて行ったのは、女。ラフな格好をした銀髪の彼女は店の入り口を開き、そして中へと入ってくる。更には彼女に続いて数名の男たちも。
連絡員は立ち上がると、相手を迎えた。
「少々遅れたかな」
「いえ。さほどでは。
お会いできて光栄です、ミス・マリオン。私のことはジョンソンとお呼びください」
「よろしく、ミスタージョンソン」
銀髪の女が席についたのを見届け、連絡員も座った。それぞれの手勢も店の隅に。
女の席にも飲み物が提供され、そして商談が始まった。
「いやはや。しかし暑いですな。エアコンの効いたオフィスが懐かしい」
「あんた、この辺は初めてか。ここは年がら年中この有様だそうだよ。オレも人から聞いた話だがね」
「なるほど。まあ空調だけなら我慢できないわけではありませんが。問題は先が読めないことだ。今の状況が始まってまだ六カ月です。これからのことを考えるだけで頭が痛い」
「この程度序の口だろうな。戦闘の余波でもう、気候変動が始まってやがる。北の方じゃあ作物の代わりに泥やバッタを喰い始めてるし、エネルギーの供給だっていつまで続くことやら。
残った都市と農地、工業地帯。そして交易路を死守できなければ、遠からず人類は継戦能力を失うだろう」
「よく把握していらっしゃるようだ」
「ま、この程度はな。
さて。前置きはこの辺にしとこうや」
相手の言に、連絡員は首肯。本題に入る。
銀髪の女が差し出したのは、大きな封筒だった。封を開き、即座に検分する連絡員。
「中身はほぼ無傷。整備状態は良好だ。多少銃撃戦の痕はついてるが、運行には影響ない。弾薬はほぼ完全に残っている。核融合燃料は通常運行なら四年もつ。戦闘すればずっと短くなるがどの程度かは断言はできん。艦長及び副長権限は確保した。委譲可能だ。一応マニュアルは英語翻訳パッチを入れてあるがあんまり期待はしないでくれ」
「……よくぞここまで。大したものだ」
連絡員は感嘆のため息をついた。銀髪の女から提示されたのは商品の資料である。そんじょそこらで入手可能な物品ではない。艦艇だった。それも、異世界のテクノロジーで生み出され、核融合動力と各種ハイテク装備を満載した神々の兵器。
それを無傷で手に入れるとは。
「あんたたちなら役立てられるだろう。どう使うにせよ」
「ええ。それはもちろん。上も、この取引には満足するでしょう。代金は半分が物納、半分がUSダラーで。でしたね。用意いたしましょう」
「太っ腹で助かる」
「我々も信用第一でして」
女に対して連絡員は苦笑。駆逐艦一隻分の金を払うだけの価値はあった。侵略者の超テクノロジーの現物には。
「“天照ファイル”の価値は計り知れませんし、先日我々が入手した台北の戦利品も役に立ちます。しかし、無傷の戦闘艦はそれに勝るとも劣らない存在です」
天照ファイル。今年の四月、全人類にむけて公開された膨大なデータの、それは通称だった。各種言語対照表の添付された神々に関する情報は驚くべき内容であるが、しかしあまりに量が多すぎる上に人類の先を行っている。行き過ぎていると言ってもいい。その全貌を把握するだけでも時間が必要だろう。
神々の軍艦は、それを理解するのに役立ってくれるはずだった。
「じゃ、取引は成立だな」
「ええ。ありがとうございました。これからもよい関係を続けさせていただきたいものです」
「同感だ」
握手を交わし、そして銀髪の女は去っていった。
「……ふう」
連絡員は座り直すと、残っていた冷水を飲み干した。更には資料をまとめ、脇のバッグに仕舞う。
「生きた心地がしませんでしたな」
「同感だ、軍曹。見た目は小娘だがただ者じゃあないぞ、あれは。神格と言うのは皆ああなのか」
部下に対して頷くと、連絡員は立ち上がる。
「そういえばあの女と同じ名前の海賊がいたな。なんといったか」
「フランシス・ドレークですか?」
「それだ。海賊だよ、彼女も。さしずめフランシス・ドレーク・マリオンと言ったところだな。
さ。戻るぞ。仕事は山積みだ」
「はっ」
そうして、連絡員たちも場を後にした。
【西暦二〇四三年 ロンドン】
「そういえばさ。伯母さんの異名ってどこでついたの?"ドレーク"っていうの」
「うん?ああ。気が付いたらそう呼ばれるようになってたんだよなあ」
メアリーに問われた伯母は、当時の事を思い返しながら答えた。
こじゃれたパブでのディナーである。
季節は夏。かつて過ごしたアフリカを思わせる暑さがロンドンを襲う中、伯母と姪は食事をとっていたのだった。
もっとも、違う点もある。その最大のものは、空調のしっかりと効いたパブの店内だろう。平和が、それを可能にしている。
「しかし、もうすぐ卒業か。時間が経つのは早えなあ」
フランシスは、自分より年上になったメアリーを見つめて呟いた。メアリーはもう二十二歳。肉体的には十代後半のままのフランシスの姉に見える。
「いつの間にか私の方が大人になっちゃったね」
「何言ってやがる。中身はまだまだ子供だろ」
「まあねえ」
やり取りをしながらも、自分がその事実を受け入れられていることにフランシスは驚いた。ほんの数年前には、老いることのない自分の容姿について悩んでいたというのに。
「でもちょっと残念。伯母さんの家での生活、楽しかったのにな」
「いつでも遊びに来い。鍵は返さなくていいから」
雑談を続けるふたり。卒業後の予定。独り立ちする事への不安。大学生活の思い出。友人たちの話。
ごく当たり前の家族の会話が、そこにはあった。
「ま、うちだけじゃなく、マーサの所にも時々は顔を出してやれ。お前の母さんなんだから」
「はーい」
最後に冷水を飲み干すと、ふたりは会計を済ませ帰途についた。
―――西暦二〇四三年。フランシス・マリオンが海賊と呼ばれるようになって二十七年目の出来事。
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