巨獣の行進

「不死者も老いる。人とは異なる形だとしても」


【アメリカ合衆国ワシントン州 ヤキマトレーニングセンター】


摩天楼が、歩いていた。

勇壮な光景であった。荒野を前進しているのはビルディングほどもある白銀の巨体。機械やパーツが噛み合わさって構築された精緻な構造体は、実のところたった一種類の複雑な化合物から成り立つ均一な物体である。

巨神だった。

全体としてはいびつな人型のそいつは腕が長く、四肢が巨大で、胸郭が前に張り出し、背中には八基の円筒形の物体を四基ずつ左右に分割して背負い、そしてやや小ぶりな頭部はどことなくゴリラに、似ていた。

アメリカ製特有のメカニカルなデザインを備えるこの神格の名を"鋼の王スティールコング"。

神格は、一柱ではなかった。

総勢二十四柱の巨体は一列に隊列を組み、整然といる。都市そのものが移動しているかのような光景。あまりの大きさに遠近感が狂う。一歩ごとに砂が巻き上がる。第二種永久機関の働きと相まって生じた蜃気楼がまるで、彼らを幻影であるかのように飾りさえした。

初期訓練中であった。

彼らにはまだ戦闘能力と言えるものはない。与えられた拡張身体を操るので精一杯だろう。だが、それですら内に秘めたる強壮なる力が漏れ出るのを隠すことはできていなかった。

「やああああっと、仕上がったねえ」

ローズマリーは感極まったように言った。スティールコングたちの周囲には彼女をはじめとする何名ものエンタープライズ級の航空機的な巨神が浮遊しているし、先頭と最後尾を歩いているのもそうだ。全員教官として引っ張り出されてきた姉妹たちだった。

後継機であるスティールコング級の開発が遅れていた穴を埋めるため、エンタープライズ級の生産数は多い。その間に施されていった改良点も無数にあり、最後期型にもなると第一世代型としてはトップクラスの性能を獲得するほどになっていた。

だが、それでもエンタープライズは第一世代に過ぎない。これでようやく第二世代の後輩たちに主力の座をバトンタッチできる。あと数年もすれば第三世代が出現するだろうと言われていたが。人類製神格の進歩のスピードはそれほどに速い。

それでも、現時点では世界最強の神格であろう。理論上は現在人類が確認しているあらゆる眷属を撃破可能である。想定通りの性能を発揮できれば、だが。

「ね?お兄ちゃん」

「……」

問いかけられたのは、ローズマリーのに共に偏在している先住民系ネイティブの男。髭を生やし、迷彩服を着こんだ彼はじっと、眼下を進む巨獣たちの行進を見つめていた。

「あれ?どしたの?」

「色々と考えていた。連中が使い物になるまで十分に鍛え終わった時、俺たちの役目は終わる」

「まあねえ。感慨深い?」

「後継者が育つというのはよいことだ。俺たちも老いる事ができるという事実を実感できる。その老いが、旧式化していくという形であってもな」

「もう。まだ老け込むほどの歳じゃあないでしょ」

「だが疲れた。国への義理も果たした。俺はこの事業から降りる」

「……」

ローズマリーは、相手の顔を見つめた。その蜥蜴にも似た頭部で、まだ若く見える男の表情をじっと観察したのである。

先の戦争の英雄。幸運なる23人のひとり、"ワキンヤン"の名を持つ男の顔を。

世俗のしがらみを嫌うこの男は半ば世捨て人だ。他の人類側神格と異なり、素顔や本名すら公開していない。それらを知るのはごく親しい人間と軍および政府関係者の一部だけだ。どうしても大規模な式典等に出席せねばならない場合も、人類側神格としてではなく無名の個人として、大勢の中に紛れることを好むほどだった。

「お前たちはもう一万人以上いるが、俺たちは相も変わらず23人のままだ。増える見込みもないし、これから先増えるような事態が起きるなんて考えたくもない。特別な人生なんてまっぴらだが、世間はそうは見てくれない。俺たちはヒーローじゃない。ただの脳に機械が詰め込まれただけの人間だ。そこらを歩いている義体者と何も変わらん。

いい加減休みたい」

「……お疲れ様」

ローズマリーは、そう答えるので精一杯だった。

ふたりは黙り込み、そして訓練を見守り続けた。

この日の訓練は、多少のトラブルこそあったものの致命的な事件は起きることなく終わった。




―――西暦二〇四一年。スティールコング級が"蛇の女王"と交戦する十一年前、人類側神格"ワキンヤン"が引退を表明した年の出来事。

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