好事魔多し

「せっかく引退したってのに、いつになったら休めるんだ?戦争中の方がまだ、ずっとシンプルだったよ」


【台湾 台北市】


スマートフォンが振動していた。

「仕事かい?」

「いえ。友達。……とも言い切れない相手だけど」

「OK」

自宅の食堂。夕食が終わった時のことだった。振動を始めたスマートフォンについて問うたジョンへと答えると、サラは通話をタップ。その合間に、ジョンは食器を片付け始める。

『もしもし。オレだ。晩飯時に悪いな』

「食べ終わった所だから大丈夫ですよ。お久しぶり…というほどでもないですね、フランシス。先日の模擬戦ぶりですか」

通話相手はこの間顔を合わせたばかりの知り合いだった。伝法な口調のハスキーボイスは不思議と耳障りはよい。この辺は人徳なのだろうな、と思いつつ、サラは相手の言葉を聞いていた。

『おう。あんときはお疲れさんだったな。いやあ。まだまだ若いつもりだったが、歳食ったかねえお互い。ひよっこども相手に不覚を取るとは』

あの子ドラゴーネたちはよくやりました。性能も優れていた。私たちは彼らについての詳細なデータを持っていませんでしたが、彼らは私たちについて研究していた。探せば幾らでも戦闘データは出てくるでしょうからね」

サラは先の模擬戦を思い返した。"九天玄女"は機動力と偽物デコイの運用を重視した航空戦型の神格であり、パワーや攻撃力はお世辞にも優れているとは言えない。眷属には有効だった死角への攻撃も、連携するドラゴーネには通用しなかった。防御性能に優れたドラゴーネを撃破するには接近戦に持ち込む必要があったが、読まれていたのである。

『連中、お前さんをマークしてたからな。まあ気持ちはわかる。ああいう形式の戦闘なら18人中、真っ先に警戒しなきゃならんのはあんたかペレ、後は爺様大日如来だからな。

ま、このペースで知性強化動物が高性能化するなら、すぐにオレたちはお払い箱になるだろうさ。失業の危機だ』

「それはあなただけでしょう。というか、傭兵は廃業したんじゃなくて?」

『まあそーなんだがね』

電話の向こうで、フランシスは苦笑したようだった。

「ところでそちらはランチの時間ですか?何か騒がしいようだけど」

『そうだな。すっかり忘れてたぜ。時差七時間だからそうなるか。まあトラブルで食ってる暇がなくなったんだが』

「おや。電話をしていて大丈夫なのですか」

『というかそのトラブル絡みだ、あんたに電話した理由は。伝えてくれと知り合いに頼まれてな。雑談してる場合じゃなかった』

「ふむ」

サラは待った。相手。同族である人類側神格、フランシスの次の言葉を。

うちイギリスに神々の捕虜収容所があるのは知ってるか?』

「ええ。幾つもありましたね。収容人数までは知りませんが。それが何か?」

『妊娠しやがった。捕虜のひとりが』

サラは絶句。神々の繁殖能力は種の存続を脅かす水準にまで低下している。あと1・5世代で絶滅すると言われるほどに。その状況下で、生まれるかもしれないという子供の扱いについてどのような騒ぎが起きるかを想像したのである。

「―――それは、一大事ですね」

『戦後間なしの頃ならともかく、もう十五年だ。みんな頭がほどほどに冷えてきてる。倫理問題に発展するぞこりゃあ』

国連総会で議題に上がるかもしれないな、と付け加えるフランシス。その国連で、それも神格をはじめとする知的生命体に関する諸問題を取り扱う部署に務めるサラにとっては、なにが起きるか想像に難くなかった。

捕虜が生かされているのは、利用価値があるからだ。少なくとも当初はそうだった。彼ら神々の技術者や科学者から手に入れられる情報はほぼ手に入れ尽くした現在、彼らの存在価値は生きたサンプルとして以上のものではない。神々が再来すれば、交渉材料にはなるかもしれないが。

だから、問題となるのはむしろ遺伝子戦争以降に生じた人類の倫理観の進歩。

『ひとまず、お前さんの方から上層部の耳に入れといてくれ。いずれ正式に話が行くとは思う』

「分かりました」

電話を終えると、ジョンが食後のお茶を淹れて待っていた。

「大丈夫かい?深刻そうな顔をしてたけど」

「ええ、平気。おめでた、だそうよ」

「そりゃよかった」

「ええ。本当に」




—――西暦二〇三四年、サラ・チェンの自宅にて。知的生命体全般への思考制御措置の禁止が定められてより十三年、人類側神格サラ・チェンとフランシス・"ドレーク"・マリオンがドラゴーネ級との模擬戦に参加した年の出来事。

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