聖なる獣
「うわあ。亀さんだ」
【エオリア諸島サリーナ島 ベルッチ家】
ペレが
テレビに映っているのは生まれたばかりの小さな小さな生き物。合計四本の足を持ち、複雑な背中の外骨格は蛇腹状だが全体としては甲羅にも見える。太目の尾は長く、上半身とバランスを取るようにも見えた。
「どれどれ。どうした」
朝の一仕事を終えて来たニコラがそこに加わる。彼もニュース映像を見ると、眉の間にしわを寄せた。
「ほら見て、ひいお爺ちゃん。日本の、新しい知性強化動物だよ」
「ほう。……"ゲンブ"?向こうの神話か何かの名前か。ゴールドマンの兄ちゃんなら詳しいんだろうが」
ニコラはなじみの科学者の顔を思い浮かべた。彼は日本語が堪能だからその辺の知識もあるに違いない。
「玄武。東洋で、四方を守る聖なる獣の名前だって」
「なるほどなあ。
……知性強化動物にしちゃ、頭がすこし小さいな。赤ん坊にしても。
ドラゴーネなんかは後頭部が大きいたろ」
ニコラは目ざとく指摘した。彼も伊達や酔狂で知性強化動物と十年以上同居していたわけではない。そんじょそこらの一般人よりは詳しいという自負があった。
「たぶん設計コンセプトが違うんじゃないかなあ。ゴールドマンおじさんはよく言ってたけど、脳は単独のシステムじゃない。全身との相互作用によって働くんだ。って。ドラゴーネは脳に比重を置いてたけど、この"玄武"は全身との相互作用に比重を置いてるんだと思う。ひょっとしたらサブの脳や太い神経がそこら中にあって、背中の甲羅みたいな外骨格もそれを守るためのものなのかも。頭蓋骨みたいに」
「よく考えたもんだ。学者さんも大変だな」
玄武は亀というよりは二本脚の恐竜に似たシルエットである。その点ではドラゴーネに近い。とは言えまだ生まれたばかりでピンク色の肌。背中の外骨格もまだ柔らかそうに見えた。これから大切に育てられるのだろう。リスカムやドロミテのように。
「これで今年何種類目だ」
「まだ二種類目だね。三月にイギリスの"ブラックドッグ"が生まれてた。後何年かしたらもっと増えると思う」
「アメリカの新型は難航してるって話もあったなあ」
「機能をたくさん詰め込もうとして、バランスに苦労してるみたい。たぶん時間がかかるんじゃないかな」
「だろうな。思えば今までの速度が異常だった」
わずかな期間で大人になったリスカム。驚異的な能力を備えたドロミテ。生命科学の進歩を間近で見て来たニコラには分かる。ここ十年あまりの科学の発展はあまりにも異常だった。神々のテクノロジーという起爆剤があっての事とはいえ。
そんなことを考えている間にも、ニュースは世界各地の様子を映し出していく。戦災による環境問題への各国の取り組み。発達した強化身体スポーツ。オービタルリングの民間への解放とそれによって設けられた商業宇宙ホテルの盛況。月面基地の今。
ほんの少し前までは存在しなかった景色の数々。
「長生きはしてみるもんだ。おかげで、世界が変わるところを見れたぜ」
「そうなの?ひいお爺ちゃん」
「ああ。そうだとも」
やがてニュースが終わると、三人は部屋を出て行った。
—――西暦二〇三三年。人類が神々のテクノロジーを手にして十七年目、第二世代型の知性強化動物が生まれた翌年の出来事。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます