火山と泥温泉

「楽しかったあ」


【エオリア諸島サリーナ島 サンタ・マリーナ・サリーナ ホテル】


ドロミテはベッドにひっくり返った。リパリ島やヴルカーノ島をさんざん歩き回って疲れた結果である。

「お行儀が悪いよ」

あきれ顔———見慣れぬ人間には判別できないが———で諫めるのは同室になったベルニナ。もちろんこちらもドラゴーネの子竜だった。

室内を見回すと椅子は撤去され、代わりにクッションが置いてある。ドラゴーネは後ろに長い尻尾が伸びているという体の構造から椅子に座るのが苦手である。航空機に乗るときは専用の補助シートを椅子の上に載せて座るのだった。

本人たちは不便とは感じていない。そういうものかという認識である。

今回のような旅行はほとんどの知性強化動物が体験している。自国の様々な観光地という、普段接することのない環境に触れることが目的だった。できるだけ多くの環境に触れる事が子供たちによい影響を与えると考えられているからだ。人間の家庭を体験するのもそうだった。研究施設だけではなく、複数の社会に同時に属するという意味合いもある。九尾級の頃から続く伝統である。

「お城も凄かったけど、泥の温泉」

「凄い臭いだったね……」

「ヴルカーノ島は煙だけだったけど、ストロンボリ島の火山はもっとすごいんだよね。見たかったなあ」

「今回はいかないからねー。大人になったらお休みの時にまた見に来ればいいよ」

「そうする」

ストロンボリ島の火山観光は今回見送られた。スケジュールの都合と火山を登るのは子供には危険という点を勘案した結果である。

「火山の熱ってどこからくるんだろう」

「どこから、というより、今冷めてる最中らしいよ。地球ができる時に岩石がぶつかり合って熱を発して溶けたのが、まだ冷え切ってないんだって。その熱でマグマができるんだ」

「へえ。知らなかった。ものすごく熱かったんだろうなあ」

ドロミテはリスカムの言っていたことを思い出した。太陽系がどのように生まれたのか。地球がどう形成されたのかを。

「最初にガスが集まって太陽ができて、だんだん大きくなった。その周りをまわってるちりが、どんどん集まってくっついた。小さな岩がたくさんできた。岩の引力に轢かれて他の岩がぶつかった。そうやって、地球やいろんな惑星ができたんだ、ってリスカムお姉さんが言ってた」

「じゃあ他の星もまだ熱いのかな」

「どうだろう。火星は小さすぎてもう冷めちゃったんだって。だから火山活動もない。活発に活動している星もある。土星の衛星のエンケラドスなんかは熱水が噴き出してて、生き物がいるかもしれない、って。探査機がもう何機も送り込まれてて、探してる。

地球も、中心が熱いから生命が存在できる。地球の表面までまだ熱かった頃に、重い鉄は真ん中まで沈んでいった。それが今もゆっくり動いてるおかげで電磁石の代わりをしてる。磁場が太陽から地球を守ってるし、いろんな生き物が磁場のおかげで方角を知ることができる。狐は北から飛び掛かると他の向きの何倍も狩りの成功率が上がるし、ウミガメには何周も同じ場所を回ることで自分の場所がわかる種類もいるんだ。地球が凍り付いてしまわないのも、昔たくさん火山から二酸化炭素が出て、温暖化したおかげ、って言われてる」

「火山って面白いね」

「そうだね。ドロミテもそう思う」

その時だった。聞きなれたスタッフの足音が聞こえて来たのは。

「あ。晩御飯」

「しまった。時間過ぎてるよ」

つい話し込んでいた両名は起き上がると、部屋の外へ向かった。部屋のカードキーを忘れて後でひと悶着があったが、おおむね楽しい一日として皆が記憶した。




—――西暦二〇三二年、サリーナ島にて。ドラゴーネが生まれた年、地球が誕生してから46億年ほど経ったある日の出来事。

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