竜の産声

「文明を手にして以降、人類は不適応な環境の中で生きて来た。今日はそれがアップデートされた初めての日として歴史に記録されるだろう」


【イタリア共和国 カンパニア州ナポリ郊外 ナポリ大学理科学部 知性強化動物研究棟】


竜の、赤子だった。

ペレが抱き上げたのはそうとしか表現しようのないいきもの。細長く、尾を持ち、柔軟な背骨を備え、頭部の方向は上を向き、四肢の関節が異なる。生まれたばかりの体はピンク色で、まだ目が開き切っておらず、人とは異なる体で懸命に生きていた。

過去三回あった赤ん坊たちの誕生とは違う。あの不思議な生き物たちとは明らかに異なる肉体構造を備えている。

それが十二体。

ペレには見えていた。この生き物たちの持つ、巨大な可能性が。途方もない力。神々すらも超えてしまうかもしれない未来を知って、茫然としていたのである。

"ドラゴーネ"。

炎の女神はただ、新たなる生命を祝福していた。

「気に入ってくれたかい」

振り返る。

清潔な新生児室内で声をかけてきたのは眼鏡に銀髪の男。初めて出会った時からだいぶ歳を取ったが、その知性と情熱にはいささかも陰りはない。むしろますます磨きがかかっているかのようにも見える。

意図を汲み取ったペレはこくりと頷いた。

「ここまで十年かかった。リオコルノ達からデータをとりながら改良を進めた。並行して新たな生命はどうあるべきかを検討した。神格自体の高性能化も連携して行った。それも、君たちが手伝ってくれたからできたことだ」

「……ぅ……」

「この子たちは神格の性能を最大限に引き出す事ができる。人間なんかよりもずっとね。我々の科学力はいまだ神々に及ばないが、神々が人間を素体とする眷属を繰り出してくる限りは、勝てる。いずれ、彼らが人類に対抗するなら人間を素体とするのを止めるしかない時代がやってくる。そのころには、僕らの知性強化動物はより先に行っているだろう。

遺伝子戦争では神々が先手を打った。けれど僕らは、彼らの押し付けてきたルールを変更することに成功したんだ」

相変わらず何を言っているのかは分からない。この銀髪の男もそれは分かっているだろう。それでも。

「十二年前、友人に宣言した。知性強化動物を新たなステージに引き上げると。彼はもういないが、僕は約束を果たした。

この子たちは人類の希望だ。この子たちだけじゃない。今まで生まれて来た子どもたち。未来に生まれてくるだろう子どもたち。

僕らはこれから先も、子供たちを育てていく。

ペレ。助けてくれるかい?」

炎の女神は頷いた。世界でも屈指の知性を持つ男に対して、助力することを認めたのである。

それで十分だった。

「ありがとう」

ペレはにっこり微笑むと、看護師に赤ん坊を手渡した。部屋の硝子ガラスの向こう側では、家族たちも赤ん坊たちを見て言葉を交わしている。

それを認めた女神は、自らも室外へと退出した。




—――西暦二〇三二年二月、ナポリ大学にて。"ドラゴーネ"級が模擬戦で"ニケ"と互角の勝負を演じる二年前、初の第二世代型知性強化動物が誕生した日の出来事。

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