困った時の神頼み

「生命とは精緻な工業製品に過ぎない。その設計者が進化であり、生産者が自然であるというだけのことだ」


【イタリア共和国 カンパニア州ナポリ郊外 ナポリ大学理科学部 知性強化動物研究棟】


ゴールドマンの言に、モニカは苦笑した。

「だからあの子たちもおんなじだってわけ?人間と」

「その通り。少しばかり成長が早くて顔形が違うだけだ。遺伝子的には人間と九九%変わらない。離れ具合ではチンパンジー未満ってところさ」

ふたりの視線の先。ガラスで仕切られた向こう側では、数名のリオコルノが赤ん坊をおっかなびっくり抱き、あるいはそれをじっと見つめていた。誕生したばかりの妹たち。二期ロット、改良型のリオコルノの子供たちと触れ合っているのだった。

「無事に全員生まれてきてくれてよかった。今回も12人。死産がなくて助かったよ」

「前回も同じことを言ってた気がするわ」

「そりゃそうだ。生命の誕生は結局のところ、最後は運任せだからな。テクノロジーが高度に進歩した現代でさえ、赤ん坊や妊婦はごく当たり前に亡くなっていた。死亡率は低下していたけどね。ましてやまだまだ技術的蓄積のない知性強化動物だ。こればっかりは神に祈りたくなる」

「神は信じないって言ってたのに」

「こういう言葉がある。『困った時の神頼み』ってね。僕にとっては大変ありがたい考え方だよ」

「もう。どこの言葉よ」

「日本。知性強化動物が最初に生まれた国の言葉だよ。宗教行事を知性強化動物にも参加させる、ということを最初にやったところでもある。子供が無事に育つのを願ったんだ」

「人間、考えることはどこも同じか」

「そりゃそうだ。僕らは生物学的には同じ種で、その文化は離れていても長い間交流があった。何千年も、ユーラシア大陸の西の果てから東の果ての先、極東の島国まで陸路を経てつながっていたんだ。農作物や家畜。神話の系統を辿っても、それは明らかだ。文化的にも僕らは繋がり合っているんだよ」

「人類皆兄弟とはよく言ったもんだわ」

「全くだ」

ゴールドマンは頷いた。

リオコルノ達はおっかなびっくりと言った風情で看護師らとやり取りをしている。幼い妹たちに対して何か思うところもあるのだろう。彼女らにも人間同様、赤ん坊に対する保護欲と言った本能があった。

「一九九六年。人類が初めてクローンの羊を生み出した時も失敗の連続だった。羊のドリーを作るための試行は277回にも及んだんだぞ?そのころと比較すれば技術が進歩したとは言え、僕らも試行錯誤の連続だ。ドリー同様、リオコルノもありとあらゆる生物学的特性が調べられた。鳴き声。脳の具合。心拍。細胞。視力。社会性。生命というシステムはあまりに精緻で複雑怪奇だ。作った僕ら自身の理解が及ばない部分なんて無数にある。何が起きるか分からない。初期ロットで得られたデータは可能な限り反映したつもりだが、それでもうまくいくかどうかわからなかった。

僕らは信じられないくらいうまくやっている。借り物の技術で」

「ええ。分かってる。神々のテクノロジーは極めて優れてはいるけど、不完全。それは彼ら自身を滅ぼしかけている現状からも明らかよ」

「だが、僕らはそれにすがるしかない。可能な限り理解し、実践し、知見を蓄積していくしか」

二期ロットの知性強化動物は、初期ロットより大幅に高性能化されている。それは反射神経だったり認知能力だったりと言った戦闘能力に関する部分であったり、奇形の発生率の低減と言った完成度の向上という意味合いであったりもする。ゴールドマンの言う通り、蓄積した知見によってなしえた改良だった。

もちろん、今日生まれた子供たちが大人になり、神格を組み込まれるまではそれが成功しているかどうか、分からない。

「最初に知性強化動物を作った男も、同じことで悩んでいたよ。だからせめて、知性強化動物が守られる世界を作ろうとした。彼はもうこの世にいないが、彼が残したものはこの世界に既に根付いている」

「凄い人だったのね」

「ああ。僕の目標は彼を超えることだ」

やがて会話は途絶え、二人はリオコルノ達の触れ合いを見ていた。




—――西暦二〇二五年、リオコルノ級知性強化動物の二期ロットが誕生した日。第一次門攻防戦の二十七年前、人類製第五世代型知性強化動物が実戦投入される四十二年前の出来事。

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