ケッパー摘みをともに

「ねえ。人型じゃない知性強化動物って、日常生活に困ったりしないの?」


【イタリア共和国エオリア諸島サリーナ島 ベルッチ家ガレージ】


ケッパーはサリーナ島の特産品の一つである。初夏に花を咲かせるこの植物はつぼみを塩漬けにしたり、実を食用にするのだった。野生のものを採取して家庭用に使ったり、栽培したものは商用になったりする。

そんなケッパーのたくさん入った籠を片手に質問を発したのはリスカムである。

「ん?どうしたいきなり」

「ゴールドマンおじさんたちは、非人間型の知性強化動物を研究してるんでしょ?」

「ああ。それか」

「うん。だいたい人間の形をしてる私でさえ、時々角を引っ掛けたりするのに。動物の形の知性強化動物はこんな風に暮らせないよね」

ゴールドマンは相手の顔をまじまじと見た。シカに似た、しかし遥かに人間に近く、そして知性的な顔立ちを。しかしそれを差し引けば全体としての姿は人間に近い。知性強化動物の外観はもちろん性能が重要な要素を占めるが、それと同じくらい人間に与える印象も重視されていた。この新種の生命体が人間社会に受け入れられるように。現在存在する知性強化動物を見た人間は、恐怖よりも親近感を感じることだろう。

「確かにそのとおりだ。ここみたいな古い家なら」

「新しい家は違うの?」

「ああ。そもそも人型でないと不便なのは、人間が利用する事が前提だからだ。けれどここのような古い農家でも家畜が共に住まうのを前提としているように、人類は元々人以外の生き物と共存してきた。考えてみてごらん。人間は馬を見れば乗るための生き物と思うが、他の四本脚の生き物。例えば牛とかサイなんかをそんなふうに見るか?」

「あんまり乗らないよね」

「そう。馬は人間にとって異物だが、乗れるように人間の方が変わったんだ。馬に乗る文化を作ったんだな。最初は裸馬にしがみついていた。大変だったと思うが、人間は馬に乗ることを諦めなかった。そのおかげでやがて轡と鐙が発明されて乗馬は簡単になった。ごく最近まで人間は当たり前に馬に乗ってたんだ。それと同じことが現代でも起きてる」

「人間の文化が変化してる?」

「その通り。例えば戦前から家庭用の掃除ロボットはあるが、こいつは床にものが積まれていると仕事ができない。人間はロボットのために片付けをしなくちゃいけなくなったんだよ。あるいはバリアフリー化。遺伝子戦争以後に再建された都市や家々はこれが進んでいる。傷痍軍人が街に溢れたからね。彼らの社会復帰は人類復興のためには急務だった。義肢の発達と併せて、その進歩は驚くべきものだった。更に減った労働力を補うためのロボットの導入にもこれは都合がよかった。結果として、人間の形をしていない知性強化動物でも生きやすい環境が整ったのさ。

もちろん僕が考えてる知性強化動物は、非人間型ではあっても人間のようにものを掴んだり器用に弄くり回す、と言ったことはできる。それらの能力は脳の発達に重要だ。心も、君たちや人間からそれほどかけ離れていない。実際に完成するまで断言はできないけどね」

「そっか。安心した。

じゃあ、一緒にケッパーを摘んだりできるんだ」

「もちろんだ。里親はまたこことは別の家庭になるだろうけどね」

「新しい子たち、名前は何ていうの?」

「うん?まだ決めてないな」

「なら―――ドラゴーネ。とかどうかな」

「ドラゴーネか……考えておこう」

ゴールドマンが構想中の知性強化動物のベースは偶蹄目だが、まあ問題はなかった。リスカムらリオコルノ級の知性強化動物も、リオコルノユニコーンなのに馬ではなくシカをベースにしている。決めるのはゴールドマン一人ではないにせよ、候補には加わるだろう。

「楽しみだね」

「ああ」

雑談を終えると、二人は作業を再開した。この日はベルッチ家総出で働き、たっぷりのケッパーが備蓄された。




―――西暦二〇二五年六月。リオコルノ級知性強化動物の二期ロットが誕生する年、ゴールドマンがドラゴーネ級知性強化動物を完成させる七年前の出来事。

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