料理は早食いの秘訣
「珍しい。ペレが料理をしているとは」
【イタリア共和国 エオリア諸島サリーナ島 ベルッチ家】
ゴールドマンは呟いた。
厨房から聞き慣れぬ鼻歌がしたので覗いてみたら、料理をしているのはペレである。彼女は言葉が分からないだけでそれ以外の知能には全く問題ないから、できても不思議ではないのだが。
「ペレちゃん、今日は自分がする!って聞かなくて。どうしてだと思う?ゴールドマンおじさん」
「ふむ。ああ、なるほど」
呟きに答えたリスカムの顔を見て、ゴールドマンは合点がいった。昨日の演習ではリスカムたち12人は結構いい線までペレを追い詰めたのだった。結局最後には全員やられてしまったのだが。リオコルノの戦闘力は着実に上昇しつつある。ペレはそれがうれしいのであろう。
「ご褒美だろうな。頑張った君への」
「そうなの?」
「多分ね」
そうこう言っている間にもよい香りがしてきた。身近な人物の意外な特技発見である。
「それにしてもペレちゃん、どこで料理を覚えたのかな」
「君たちがしているのを見て覚えたか、あるいは故郷か。神々の世界で、という可能性もあるか。
いや、最後のはないな」
「ないの?」
「ああ。神々の世界では生鮮食料品も手に入らなくなっていたらしい。前にモニカが言っていたよ。「あっちにはろくな食べ物がない」ってね。合成食品で全部賄っていたようだ。それはそれで凄まじい科学力なんだが」
「家畜や栽培品種の農作物も災厄で絶滅しちゃったの?」
「そのようだよ。当然料理のレシピなんかも失われていただろうな。食材がないのに作れる道理がない。使われない技術は失伝するものさ。例え紙の上には残っていたとしてもね。意味が分からなくなっていたはずだ」
「そうなんだ」
「"ヘカテー"の証言では、神々は新しい料理のレシピが手に入ると喜んでいたらしいからね。そんなものまで略奪の対象になったんだ」
"ヘカテー"はオセアニアで主に活躍した人類側神格である。非常に強力な能力と優れた戦闘技術で多大な戦果を挙げた人類側神格最強の一角だったが、十三体もの眷属を主力とする有力な敵と交戦、十一体を斃したところで力尽きたという。結果としてオセアニアにおける神々の戦力も著しく低下し、一時は人類の優勢をもたらしたのだが。
「神々も料理好きなんだね」
「そりゃそうさ。知的生命体には料理は必要なんだよ。少なくとも、人類とそれに近いタイプの生命には」
「そうなの?」
「ああ。食品は加工することで格段に食べやすくなる。野生のままの食品は噛むのも消化するのも難しい。半日かけて繊維質の食べ物を嚙み続けた挙句、残り半日かけて胃を空っぽにしてまた食べ始めなきゃいけないんだ。あるいは肉。これも硬くて噛み千切るのは難しい。チンパンジーが一キロの肉を食べるには十一時間もかかるからな」
「それはちょっと長すぎるね」
「その通り。こんなに時間をかけてたら狩猟採集なんてやっていられなかった。だから初期の人類は、石器を活用したんだ。生肉を噛み千切るのは困難でも、あらかじめ切り刻んでおけば簡単になる。消化もね。これは植物にも同様だ。浮いた時間で食料調達が可能になる。最初期の料理だ。
料理こそが人類に、狩猟採集を可能とさせた原動力なんだ」
「なるほどなあ」
「料理も他の人類の文化同様、発展し進化してきた。現代のそれはほんの数百年前と比較しても信じられないほどに洗練されている。君たちが身に着けているのも、そういう技術の最先端にあるんだよ」
「リスカム、お料理も最先端だったんだ」
「君だけじゃない。人類はみんな最先端に生きているのさ。
おっと。出来たようだ」
見れば、ペレの料理は完成していたようだった。魚介のスープ。エビとパプリカのソテー。ほうれんそうクリームを絡ませた
ベルッチ家の料理だった。
「見て覚えたみたいだね、ゴールドマンおじさん」
「そのようだ。さて。せっかくのペレの好意だ。僕らは座って待とう」
「うん」
リスカムを促し、ゴールドマンも後に続いた。
ペレの料理は、家人の間でも大変に評判がよかった。
—――西暦二〇二四年、ベルッチ家。ペレがモニカに引き取られて六年目、リオコルノがペレに対して初勝利を飾る一年前の出来事。
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