少年期の終わり

「とうとう、一人になっちゃったよ。はるな」


【都築家】


「大丈夫?刀弥」

「うん。

それに、志織さんが全部手配してくれたし。僕ひとりじゃ何をすればいいのかわからなかった」

薄暗い部屋だった。

はるなと一緒なのも前のときと同じ。違うのは、父がもういない、という事だけ。

その事実を刀弥は深く噛み締めていた。

明日には通夜。明後日に葬式を行う予定だった。

「この家には今年度一杯は住めるみたい。新しい家、探さなきゃ」

「これから…どうするの?大学、受かったんだよね」

「うん。けど行けない。働かなきゃ。あんまり余裕がないから」

「駄目だよ。行きがってたのに。

お父さんも言ってたでしょう。勉強しなさいって」

「でも……無理だよ。志織さんにだって、そこまで頼むのは気が引ける。後見人になってくれただけでも迷惑かけてるのに」

「無理じゃない。なんなら、私が出すから。お給料ちゃんと貰ってるんだよ、わたしたち」

「受け取れないよそんなの」

「いいの。

私には使いみちが、ありませんから。

それに、私のほうがもうお姉さんなんだよ。お姉さんが弟を助けるのは当然だもの」

「思えば、不思議な関係だなあ。僕たち」

刀弥は、はるなの顔をまじまじと見た。この超兵器の生みの親は父だ。確かにはるなと刀弥は兄妹関係にあるのかもしれない。いや、肉体的年齢で言えば姉弟関係か。

されどそれも、やがては再び逆転するときが来るだろう。九尾は不老不死なのだから。人間の刀弥とは寿命が違っていた。もちろん、カタログスペック通りに生きられるなら、だが。

「ほんとはみんな来たがってた。けど全員抜けてくるわけにも行かないから、私だけ代表して忌引を貰ってきたの」

「みんなって、九尾の?」

「ええ。私達全員にとってのお父さんだもの、都築博士は」

「そっか。そうだよね。

じゃあ僕は、九尾みんなのお兄さんで弟なのかな」

「そうだね」

笑い合うふたり。

「人って、簡単に死んじゃうんだなあ。せっかく神戸でも災難に遭わなかったのに」

「それでも、わたしと刀弥には心構えをする時間があった。死は私達のすぐ側に寄り添ってはいるけど、慎重に隠されて、遠ざけられてる。剥き出しの死は人間からすべての尊厳を剥ぎ取ってしまうから。そのために人間はお葬式をする。お墓を作る。死を隔離するために。人間は簡単に死んじゃうものだということを忘れるために。私が思うに、お墓とお葬式こそ人類最大の発明じゃないかな」

「そうだね。戦争の一番恐ろしいところはそこかもしれない。

この世界には死が満ち溢れていることを突きつけてくる。人はいつか必ず死ぬ。毎日のように人は死んでる。僕らはそれがあまりにも恐ろしすぎて、蓋をして封じ込めてしまった。戦争はその蓋を開けてしまう。

あの日。神戸には死が溢れていた。破壊された町並み。暗い空。土砂降り。光輝く巨神。地獄めがけて行進する人々。

久しぶりに思い出したよ」

「うん……」

はるなは、刀弥の頭を抱きかかえた。

「ねえ。泣いてる顔を見られるのは嫌?」

「嫌だな……特に、年下の女の子に見られるのは」

「分かった。じゃあ、泣き止むまでこうしててあげる」

はじめ静かに、やがてさめざめと。刀弥は泣いた。体中の水分が枯れ果てるまで泣いた。





―――西暦二〇二三年、都築博士が亡くなった翌日の晩に。はるなが“冥府の女王”と邂逅する二十九年前、人類製第五世代型神格が実戦投入される四十四年前の出来事。

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