自動車とフォークとホットケーキ

「僕らは自動車だって手足のように動かせる。なのになんで巨神は身体と同じ形に縛られてなきゃいけないんだ?」


【神戸 第三回知性強化生物研究ネットワークシンポジウム直後 喫茶“ヴォイス”】


「しかしなかなかいけるな。ここのホットケーキは」

「だろう?私も近くに来たらたまに寄る」

ナイフとフォークを手に語るゴールドマンへ、都築博士は頷いた。

ジャズの流れる、落ち着いた雰囲気の喫茶店でのこと。空き時間を見て、ふたりはここを訪れたのだった。

「さて。僕らの体性感覚地図は普段は体の表面にある。脳の中では、親指の隣は人差し指、と言う具合に部位の位置関係とその感覚は関連付けられてるわけだ。しかし、このフォークを手に取れば……」

「見ていなくてもホットケーキを突き刺して口に運ぶことができる。今の君のようにね」

眼鏡の男の後をついで都築博士。

「そう!神経が通っているわけでもないのに、体の一部のように動かせるわけだ。体性感覚地図がフォークを持ったときのものに切り替わったんだな」

都築博士は紅茶を口に運んだ。一杯目はストレート。二杯目はミルクたっぷり。三杯目はミルクと砂糖を入れるのがここのお勧めの飲み方だ。

「自動車の運転なんかはもっと極端だな。あの四角いボディを僕らは自在に操り、バックさせてガレージに入れることさえ簡単だ。そして、ドアを開けて降りれば僕らは元通り、ちっぽけな人間の体の制御に専念する。二足歩行で、百八十センチしかない縦長の体にね」

「そこまでできるようになるまで、何度もガレージのはしに車をこすりつける必要はあるがね」

都築博士は苦笑。彼自身はあまり車を運転するタイプではない。免許は一応持ってはいたが。

「それは自分自身の体だってそうだろう?妊婦は自分の体が普段よりものにぶつかりやすくなっているのに戸惑う。子供は成長していく自分の体についていけなくてよく転ぶ。四肢を失った者は自分が小さくなったことを忘れてよく失敗する。

けれどいずれは慣れる。体性感覚地図が更新されていくからだ」

「そう。その、慣れる、が問題だ。神々が嫌ったのはそこではないかな。面倒だ」

「確かにそうだ。そもそも神格の用途を考えれば人間以外の形状にする必要はあまりない。まあ、非人間型の神も地球にはたくさんいるけどね。

例えば、九尾は狐の妖怪だったかな」

「ああ。もっとも、我々の作るものは直立二足歩行の形態を取る予定だ。尻尾はあるがね」

二杯目をカップに足しながら都築博士は答えた。九尾の主武装は尻尾である。様々な形態に変化するようできているのだった。

「銃が革新的だったのはどこにあると思う?」

「訓練が非常に簡単に済む」

ゴールドマンの問いかけ。本筋と一見関係ないように聞こえるそれへ、都築博士は答えた。

「正解。威力だのなんだのは後からついてきたに過ぎない。銃がこれだけ普及した理由は結局、扱いやすいことだ。人間工学の極致と言っていい武器だよ。

奴らにとっての神格はそれなんだろうな」

都築博士は窓の外へ視線を向けた。神々の手より奪還されて五年。緒戦に都市破壊型神格の音響攻撃で破壊しつくされ、更には戦略級神格―――“天照”のアルキメデス・ミラーによる大規模光学攻撃の余波を受けた市街地はまだ、復興の途上だった。

やがて視線を戻した都築博士は、反例を口にした。

「非人間型の巨神は今までも例がなかったわけではない。君のところの“ニケ”なんかは背中から翼を生やしている」

「“九天玄女”に至っては腕を六本に増やしたそうだしね。訓練によって、巨神の形態そのものを変えたわけだ」

ニケ、九天玄女はともに23名いる人類側神格である。そして、現在存命中の18人のうちのふたりでもあった。

二杯目を飲み終え、都築博士は会話を続けた。

「確かに、肉体と異なる形態の巨神は可能だ。問題はそれが、どう有効活用できるかだな。我々は見世物を作っているわけではない」

「神格間の戦闘では。いや、戦闘は基本的に、いかにして相手の思考力を奪い取っていくかの勝負だ。九天玄女なんかはいい例だろう。彼女の三面六臂の術の前で生き残った眷属はいないと聞くぞ」

「志織さん―――“天照”もそう言っていたよ」

「名高い太陽の女王の言葉なら真実と受け取っていいんだろうな」

志織と“九天玄女”は相棒とも言える親しい間柄である。当人らに聞けば「腐れ縁です!」と返ってくるだろうが。

「まあ、使い方は当人たちに任せよう。若者は私たちみたいな大人の思いつかないような発想をするものさ」

「それは親としての意見かい?」

「そうだとも」

やがて都築博士は三杯目を飲み終え、ややあってゴールドマンもホットケーキを食べ終えた。




―――西暦二〇二一年四月。復興途上の神戸にて。九尾級神格完成の一年前、イギリスで人類製第三世代型神格が建造される二十五年前の出来事。

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