世界間戦争

「門について私たちが理解していることは、さほどありません」


【防衛医科大学校】


「神々の住まう世界は、この宇宙のどこか。観測範囲の外、光速での観測が不可能な別の領域にあると考えられています。この宇宙が誕生してから138億年。光で観測できるよりも向こう側にあるの。

この宇宙に果てはない。けれど、宇宙が誕生してからの時間は有限なので光が届くより向こうの距離は観測できないんです。神々の宇宙はそれより向こう側にあると考えらえている」

志織は、教壇から教室内を見回した。出席者は知性強化動物、すなわち九尾の子供たち。都築博士。他数名の関係者。

「宇宙論的には、神々の世界はレベル1マルチバース―――すなわち私達の世界と同じ始まりを共有しながらも、繋がりのなかった領域同士と言う事になるわ。けれどその関係も、五年前の三月十六日に終わり、新たな関係が始まった。門によって」

脳内無線機を構内のLANに繋ぐ。神格内部に保存されている画像を選択。プロジェクターに投影。

映し出されたのは、異様な物体だった。いや、それを物体と呼ぶのは差支えがあろう。いかなる意味でもその存在は物質ではなかったから。

半径一・六キロメートル。海面上から覗いているのはその上半分。碧に輝く円盤状の存在だった。

その向う側は、この宇宙ではなかった。そこは海洋だったが、巨大な浮遊構造物メガフロートが築かれ、浮遊していた。

「これが、門。そう呼ばれる、二つの惑星を繋ぐ超空間構造体です。向う側に見えるメガフロートはその展開設備。

これは神戸に開いたもの。開戦の年。二〇一六年、四月二十二日の映像よ。この直後、私が破壊したの。

これと同様のものが、世界中の人口密集地に百以上開きました。神格を前に押し立てて、ね。“神々”の降臨によるショックは大きかった。あまりにも理解を超える光景に、多くの人々が抵抗らしい抵抗もできないまま連れ去られていったわ。神々が意図したとおりに」

語る志織の声に感情は浮かんでいなかった。あくまでも事実を淡々と、彼女は語っていた。

「門の破壊に係る一連の戦闘の後、私は人類に知らしめた。敵は神でもなんでもないこと。彼らが高度なテクノロジーを持っているだけの異世界人に過ぎないこと。巨神を人類の兵器で破壊する方法。そして、私の神格に保管されていた、神々の科学技術に関するデータのすべてを。

そうして反撃が始まったの」

講義を受ける九尾たちは無言。理解できているからだった。これが自らの存在意義そのものに関わる内容だということを。

「けれど私の持っている中に、門に関するデータはなかった。他の人類側神格もそうだったし、捕らえた神々の技術者や入手したデータベース内部にもその情報はなかった。神々は用心深かった。万が一に備え、私たちから復讐される危険を最小限にするために、門に関するデータを侵攻部隊には持たせなかったの。

将来的な逆侵攻を恐れてのことで、神格の反乱は想定してはいなかったでしょうけど。

だから、門に関して人類が理解していることは多くない。それがふたつの宇宙を繋ぐ超空間構造体であるということ。地球と神々の世界は力学的には極めて近しい地点同士の関係にあること。門がどうやら、超光速航行技術のスピンオフらしいということ。神々の世界の座標は不明なこと。だから将来人類が門を開く技術を生み出したとしても、神々の世界に門を繋げることはできないこと」

一旦言葉を切った志織は、用意していた資料を確認した。脳内に展開されるそれを。講義の終わりは近い。

「残念ながら、連れ去られた人々を救い出す方法はないの。神々がまた門を開けば別でしょうけど。彼らは先の戦争で、必要なものはすべて手に入れた。だからもう、門が開かれることはないでしょう。

けれどそれで終わりじゃあない。人類は知ってしまった。恒星間航行が可能なことも。世界間移動が出来ることも。他者が存在することも。すぐには何も起きないかもしれない。けれどあなたたちは、新たな種族との出合いにいつか立ち会う。

みんなには、永遠の生涯があるんだから。

だから考えておいて。そうなったとき、自分が何を為すべきなのかを」

そして、志織の講義は終わった。

この後正午を目処に、戦争犠牲者への黙祷が捧げられた。集った者たちは種族の別なく、死者への哀悼の念を示した。




―――西暦二〇二一年三月。終戦記念日に行われた九尾への講義にて。都築燈火が門を開く三十一年前の出来事。

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